第五話 その1
待ってた方がいるのかは分かりませんが…新章開始早々、今更の能力説明回 赤編です。
第五話
祭りの日から明けて翌日。
依月は、舞の練習のときと同じ修行着を身に着けて、家の庭に立っていた。
真っ青な夏空が木々を突き抜けて、ずいぶんくっきりとした木漏れ日を描いている。
柔らかな風にそよぐ草花、鳴り響く蝉の声。
「よろしくおねがいしますっ!」
依月の伸ばした襟足に、新たに四つの珠が左右二個ずつ。依月の動きに合わせて揺れる。
気合充分で対峙するは、同じ修行着を着た皐月だ。
昨日ついた顔の傷は、あったのか疑わしいほどきれいさっぱり無くなっていた。
「ん。さて、おまえの稽古は舞に引き続き私が見る。今度は本格的に、巫としての色々を叩き込むので、そのつもりで」
「うん。これからどういうことをやってくの?」
「まずはおまえの取り戻した力、『赤の闘廻』の説明から」
皐月は、右手に作った拳へ赤い光を灯し、依月に見せつける。
「先の戦いでも触れた通り、この力は任意の身体機能を強化することができる」
依月はなんとなく力の本質が分かっているので、頷く。
「強化することのできる身体機能については四種。筋力、瞬発力、持久力、そして治癒力。それぞれ異なる言霊があって、唱えたあと頭の中で部位指定することで効果を発揮するの」
「えっと、『剛』ってやつがそうなんだよね?」
「そう。『剛』は筋力を強化する言霊ね。瞬発力を高めるのは『迅』、持久力を高めるのは『粛』、治癒力を高めるのは『快』、と言う」
「じん、しゅく、かい……」
「とりあえずは……この基礎四つだけ覚えておけばいいかな。本当はもっと沢山あるけど、多分使いこなせないし、危ないと思う」
「えー、これだけー? もっと知りたいー!」
貰った知識は、たった四つだけ。
なんとなく物足りない依月は、不満そうにぎゃんぎゃん文句を垂れる。
「はぁ。……じゃあもう少しだけ。例えば、この力は他者に力を譲渡することもできるの」
「譲渡?」
「四種の身体強化を、誰かに施すこともできるってこと。その際、力の使い方と対応する言霊が変わり、それぞれ『献』『疾』『盾』『匡』、と言う」
「へー……。けん、しつ、じゅん、きょう……」
指折り数えながら、皐月の教える知識を頭に刻み込んでいく依月。
皐月は前向きな態度に微笑ましい態度を見せる。
「でも、譲渡にはコツがいるし、おまえの力の量だと多分受け取る側がパンクするかな」
「え」
「だから基礎の四つだけで良いって言ったの。覚えても使うことはなさそうだから」
「うー……わかった」
「よろしい。じゃあ、早速使ってみよう――と言いたいところだけど」
依月は、昨日実際に使った時のことと、昨夜祖母から言われた言葉を思い出し、不安そうな表情になる。
それを分かっていたのか、皐月は先に手で制し、言葉を重ねた。
「昨日、おまえが赤を発動した時、大変な目に遭ったね?」
「うん……。一歩歩くのも大変ってくらい、すっごい力が出てたんだよねー」
「では何故そうなったか? うまく使えなかった原因は三つ。なにか分かる?」
「えー、なんとなくしか使い方分かってないしー」
「考えることを放棄しないの……。正解は、言霊へ力を籠めすぎなこと、膂力強化範囲を全身に指定したこと、身体の動かし方がいつも通りであったこと、の三つね」
皐月は呆れた顔で三本指を立てながら、依月へ指摘する。
依月は首を傾げた。
「ことだまに力をこめる……って?」
「実際にやってみせようか」
皐月は、庭にあった小石を拾って、振りかぶる。
「剛」
赤の発動とともに勢い良く投げたそれは、端に置いてあった修行用らしいぼろぼろの丸太に当たって砕け散る。
丸太には、こぶし大ほどの凹みが作られていた。
同じような小石を拾う。
「では次、剛」
皐月は、先ほどより露骨に鋭く光る赤光を発しながら投げる。
小石の着弾とともに、爆発したような音が鳴り響く。
「あれ!?」
依月が驚くように、今度は何故か丸太側も派手に砕け散り、あたりに木片が散乱していた。
皐月が腕を振ると、昨日の依月には遠く及ばないも、小さく風が舞う。
「っと、このように言霊への力の入れ込み具合でここまで威力は変わるわけね」
「すごーい……じゃあ、昨日はわたしがいっぱい力入れちゃってたんだ。でも、どうやってちょっとだけ力こめればいいの?」
「言霊への想いの強さというか、どれくらい強くなりたいかの具体的なイメージが大事かな。特に指定しない場合、出力値は基本的に本人の資質に依存するので、昨日は依月のデフォルトパワーが勝手に出てたわけ」
「じゃあ、いつもてきとーに使ってたら勝手にあれくらいになるの……?」
「そうね」
「えー」
嫌そうに顔をしかめる依月を尻目に、皐月は半眼で次の説明へ移った。
「じゃあ次ね。『剛』による強化部位の指定について。全く無いとは言わないけど、巫はみだりに『剛』を全身に纏わない。何故かというと、余計な部分が強化されて動きにくくなるから。あと無駄に力の垂れ流しになってコスパが悪いしね。……とにかく、次からは強くしたい部位だけをピンポイントで指定するのがおススメね」
「動きにくくなるのは昨日も思ったけど……なんでなんだろ」
「考えてみて。人間はただ歩くだけでも細かく強弱をつけながら全身の筋肉を使う。そこに『剛』によって極端にパワーが追加されたらどうなるか。反作用先が耐え切れず、脚を下ろす力によって足が地面に埋まるし、つま先が地面を蹴る力で足元が崩れるし、小さく振ってる腕も当たるだけで岩をも砕くだろうし」
「昨日ぜーんぶやりましたっ!」
苦笑いする依月。けれど、同時に納得もする。
要するに、動きがなにもかも極端に強くなってしまうのであれば、その領域が小さいほうが扱いやすいということで。
例えば腕がどれだけ強くても脚が普段通りであれば、歩くのは簡単だろう。
「わかったみたいでなにより。祟り神との闘いかたにもよるけれど、腕を使って戦闘するなら、指定範囲は腕、肩、背中、胸あたりに絞るといい。人体構造的に、腕だけだと思ったほど強くないから。脚への適用は先述の通りなのであまりおススメできない」
「おっけー!」
「ん。では最後、身体の動かし方についてね。これは前の話とも被るけど、強化された部位は、どうしても強弱調整が効かない極端な動作出力をする。なので、繊細な動作をするには結構なコツが必要なの」
「んー? さっきの話って、それが大変だから強くする場所を減らそうねってことじゃなかったっけ」
「前の話は全身の何気ない動作の話。こっちのは強化された部位に限った戦闘動作の話。『剛』を使った場所を、少しでも扱いやすいものにしようってこと」
「ふーん」
いまいち要領を得てない依月だが、聞く姿勢を崩してないので皐月は続ける。
「大事なのは、小刻みな円運動を意識すること」
「小刻みなえんうんどう」
「直線的な身体の動かし方をするのではなく、曲線的、つまり力のベクトルを常に別方向に流し続けることで、反作用先の負担を分散軽減する……依月には難しいか」
ぶすぶすと、燻る音がする。
頭から煙を上げ始めた依月を見て、皐月は小さく諸手を上げた。
「まあちょっと応用気味な話だから、この話は一旦忘れていいか。じゃあ依月にはこう覚えてもらえばいい」
「ど、どーゆー話でしょーか……」
「簡単な話。威力の出る攻撃をしたいときは腕、肩、背中、胸に『剛』。速く走りたければ全身に『迅』。長時間動き続けたければ全身に『粛』、傷を治したければ怪我したところに『快』。この使い方だけ覚えよう」
「ほぇ? それだけでいいの?」
「ん。これだけでだいたいのシーンはなんとかなる」
「へー……わかった。おぼえる!」
●赤の闘廻について
[-公開不可-]が持つ「闘の力」を源とした、人間のもつ身体機能をブーストする権能です。膂力、加速力、持久力、治癒力を後付けで強化できます。
言霊によって「どういう強化をするか?」を選択し、その後「どこを強化するか?」をイメージすることで力が発現します。
依月は4つしか覚えていませんが(譲渡は翌日忘れました)、実際には20を超える言霊があります。
例えば皐月が依月戦で披露した『展』は自身の光を追加消費して一時的に潜在値以上の強化を得る言霊。『過』は衝撃ベクトルの変換を行う言霊です。
『展』や『過』は基礎4種「礎符」の言霊に上乗せする「飾符」なので、『迅』や『剛』なしに発動することはできません。また、「飾符」は譲渡のほうには使えません。
皐月は依月の防御を抜くために残っていた力の8割強を『展』に費やし、爆発的な膂力と速度を得、『過』によって純粋な衝撃のみを掌底に抽出。
全力で掌をぶつけても反作用が起きず、頑強な赤に包まれた彼女の脳を揺らすことに成功しました。
依月には「礎符」だけでいいと言ったのは、これら「飾符」なしでも過剰に強いためです。実際普通の巫たちですら扱いが難しく、あまり使うことはありません。
赤の闘廻、うち『剛』と『迅』には出力量にデフォルト値が存在し、特に明確な指定が無い限りは勝手にその強度で出力されます。
デフォルト値の目安としては、Maxを100としたときに対しだいたい35~50くらいです。巫の赤への素質によってやや上下します。
ただし、依月は10です。何らかの因果でストッパーのようなものがかけられており、特定の条件下を除いて11以上の値は10に強制的にクランプされます。
これは暴走時も例外ではありませんでした。もし100まで出ていたら、秦月の結界などいとも容易く砕け散り、船麓町はおろか周辺地域は焦土と化していたでしょう。
なお、このストッパーの存在は皐月はおろか、秦月ですら知らない話です。
感じられる潜在値の割には思ったより火力低くて対処が楽だった…と2人が感じたのはそのせいです。