第四話 その5
依月たちが帰宅したのは、夕暮れが夜の帳に変わる頃だった。
濁った蛍光灯の光が部屋を包み、戦いの余韻が静かに漂っている。皐月はソファに深く腰を沈め、秦月はその隣で錫杖を壁に立てかけながら、疲れた表情を浮かべていた。
静寂が家を包む中、ブラウン管テレビから流れる音声だけが鳴り響く。
あれから、依月が山の中から引っこ抜かれて。
皆でひどく荒れた広場を出来るだけ整地し、戦いの痕跡を消していた。
姉と祖父の力が戻らずで今は完全に戻すことは難しいらしく。何時間もかけて、手作業で地面を均すことに奮闘したのだ。
「皆おかえり。大変だったそうね?」
祭りで何が起きるかを知っていたので終日家に居た弥美。
人数分のお茶を持って、居間へと入ってくる。
かける声は穏やかだったが、その眼差しには深い思慮が宿っていた。
「ただいまばーちゃん。すっっごい大変だった……」
座布団につっぷした依月がそう答えて、弥美になにが起きたかを語っていく。
皐月と秦月もそれぞれぐったりと会話している。
「大変な原因の殆どは依月の力のせいだけどね」
「そう言うな。色々と仕方なかろう」
「やばいとは聞いてたけど、まさかここまでのものだったなんてね……枯渇するまで力使わされたのは何年ぶりだろ」
「言うておくが、取り戻した力はまだ三分の一に過ぎんのじゃからな?」
「……あ」
「――ってことがあってね。……なんか、かんなぎの力ってすごいんだね。ちょっと腕を振るだけですっごい風がふくんだけど」
「あらそうなの」
祖母に語り終わり、呆れたような顔で締める依月。
いやいやと、皐月が会話に割り込んでくる。
「いや、普通は巫参色にここまでのパワーはない。おまえがおかしいだけ」
「えー、そうなのー?」
皐月の訂正に、依月はつっぷしたまま不満そうに首だけ振り返る。
「こんなの使いこなすなんてムリなんだけど!」
「フルで使ったら誰だってそうだと思う」
「わしでも全開で扱いきるのは無理だろうな。皐月が渡した珠は手放すんじゃないぞ」
「はーい……髪留めにでもしようかな」
「いいかもね。後で紐を通せるように穴開けてあげる」
「ありがとー」
「しかし、今後が思いやられるな。制御できればこれほど心強いものはないが……」
腕を組んで瞑目する秦月。
弥美は大人しく座って様子を見ていたが、気になるとばかりに口を開いた。
「聞いた感じ、これから依月は力の修行かしらね?」
「そうなるな。残りの夏休みで出来るだけ詰める予定じゃ」
「うへぇ」
舞も終わり、色々疲れ果てた今は、修行と聞いただけで嫌になる。
げんなりした依月を見て、弥美は目を細める。
「依月、あんた分かってなさそうだから教えておくけどね」
「んー?」
「巫参色っていう力はね、世界に広がる数多の異能の中でも非常に強い危険な部類なのよ」
「いのう?」
「普通の人が使えない特殊な力。あんたたちは世界でも有数の能力者ってことさね」
「え、そうなの?」
「そうらしい。能力の性質的に、今となってはな」
含みを持たせて回答する秦月。依月は首をひねるが、特に追及はしなかった。
「そんな力を持つあんたは、正しく振るう責任がある。自分のためにも、世界のためにも」
「世界のため……」
「そう。さっきの話だと、あんたはただ歩くだけで地形を壊すってことじゃない」
「う、うん」
「なら、その不安定な力はいつか世界に仇なすかもしれない。私たちがそうじゃないといくら訴えても、放置すれば世界の異能者が敵対する可能性を否定できない」
「え……」
「だから、そうならないよう、あんたはしかと使いこなす義務がある。色々な勢力の都合があっての今ということは分かってるから、振り回されているあんたには酷な話なのは分かってるけどね」
「ばーちゃん……わたし、怖いよ。こんな力、じぶんには重すぎる気がする」
弥美は微笑みながら、依月の手をそっと包み込んだ。
「すまないね、敢えて脅したけれど、力は、あくまでも力。使い方次第。あんたがその力をどう使いたいか、まずはそれが大事なのよ」
依月は、祖母の言葉に戸惑いながらも、包まれた自身の手のひらを見やる。そこには、確かにあの力が宿っている。今もし暴発すれば、弥美の手は無事では済まないだろう。
……祖母の言うとおりだと思った。
弥美自身その危険性がわかっているのに、手を握ってくれているのが、嬉しかった。
「……わかった。ちゃんと修業して、力を使えるようになる」
瞳に火がともる。それを見た弥美は、嬉しそうに孫娘の頭を撫でた。
見守っていた皐月と秦月は、顔を見合わせて、力強く頷く。
ふと、耳に飛び込んでくる警報音。
居間のテレビが地震速報を伝え始めた。
「本日午後6時39分ごろ、○○県沖を震源とするマグニチュード5.2の地震が発生しました。最大震度は四で、津波の心配はありません。詳細情報をお伝えします――」
無表情でテレビの画面を見つめる、皐月と秦月。
「時間がない。急がねばな」
「はぁ……納得はできないけど、ね」
皐月は現実を直視したくないとばかりになにやら頭を振っていたが、ふと何かに気づいたのか、依月のほうへと身体を向ける。
「ああそうだ依月」
「うん?」
「言うの忘れてた。……おまえの舞、とても良かったよ。やるじゃない」
目を合わせず、そっぽを向いていう皐月の言葉。
依月はそれを聞けて。
肌寒い山の夜を陽光で塗りつぶすような、とても温かい笑みを浮かべた。
皐月からのその言葉で。
家族の本当を知って、挫折と成長を味わった、少女のひと夏の小さな体験。
それが今、やっと終わりを告げたのだと、実感した。
「うん!」
――今は、まだ。
依月の背にかかる大きな大きな運命は、本人の知らぬところで、進んでいる。
プロローグ『神風の吹かぬ町』了
●巫以外の異能者について
世界には、巫参色以外にも数多の異能があります。日本での有名どころだと、陰陽師やイタコでしょうか。
異能も大小さまざまで、小石サイズの物体を意志ひとつで自在に動かす力から、デコピンひとつで山を消し飛ばしたり、想いひとつで現実世界を捻じ曲げたりする力まで、幅広くあります。
異能者たちは影で生きており、その力が一般人の目に留まらないようこっそりと活動しています。中には術で人払いして派手にやってる一家もあるそうですが…。
日本には系譜としては二十種の異能が確認されています。世界に広げると数百種だか千数百種だかなど言われていますが、異能世界にグローバルなつながりがないため推測値にしかすぎません。
ここでお伝えしておきたいのは、実に多彩で多様な異能たち、しかし原典、出どころはすべて同じという点です。
そう、巫参色を見ればお分かりのことと思いますが、これらは世界に散らばるたくさんの『神話』から発生した、ふしぎな力たちです。
陰陽道が京の都に跋扈する妖に立ち向かうために賜った闘いの力であったように、霊媒術がとある夫の不慮の死を悼む妻を哀れんだ別れの力であったように。
『神話』と『願い/祈り』がとある特別な条件下で交差したとき、人は未知なる力を手にするのです。
●プロローグについて
冗長な立ち上がりとなりましたが、もし長々とお付き合いいただいた方がいれば、まずは感謝申し上げます。
本項で描きたかったこととして、「田舎の実家へ帰省した夏」を想起・追体験してほしい――という大きなコンセプトがありました。
古びた家のぎしぎしうるさい床板や、夏祭りの音頭。扇風機の風と、森から漂う濃い緑のにおい――。
僕しか知らないはずの山間の田舎町を”懐かしんで”いただければ…そういった想いを依月の長い旅路の始まりに混ぜたため、やたらと長くなってしまいました。
さて次項から第一章「この身に三つの色を」が始まり、本格的にお話が進んでいきます。
田舎の夏を描きたいというコンセプトはここまでなので、もう少し文章をすっきりさせられればいいな…。
引き続き頑張ってまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
※ストック、定期投稿を維持するため、大変申し訳ありませんが第一章以降は隔日投稿といたします。ご了承ください。