第三話 その2
切り方が悪かった…すみませんが今回短いです。
そんなこんなで祭り当日がやってきた。結局、皐月は諦めたからなのか、ほかの用事が出来てしまったからなのか、前日は終始家にいなかった。
なので依月は一人で朝から晩までずっと踊り続けた。
結論から言って、まったく上手くいかないまま、当日を迎えている。
依月は、昨日ずっと考えていた。
下手なりに、素直に頑張ろうと。
皐月が諦めた原因に、自分の甘えた態度が悪かったのだと考えた依月は、実直に、今できる最大限の努力でもってこれに償おうと思った。
一日ひたすらに踊りに費やして気が付いたのは、自分が義務感や焦りにとらわれすぎていて、踊りに心の底から集中できていなかったことだった。
それが分かったからと言って劇的に上達することはなく、だがありのままの心で、祭りに迎え撃つ覚悟を持てた。
それで何が変わったのか、依月には分からなかったけれども。
下手なりに楽しもうという心の余裕は取り戻せたのだった。
朝早く、太陽が昇る前に起きて、朝食を取りにダイニングへと向かうと、弥美が既に台所に立っていた。
「ばーちゃん! おはよう」
「おはよう、流石に今日は早いわね」
小言の多そうで皴の多い顔。ここ数日心配をかけてしまった。が、依月の吹っ切れた顔を見て、弥美はふっと小さく笑む。
「一昨日は不安だったけど、その顔見た感じだと大丈夫そうね」
「そお?」
「さて、宿題の答えを聞こうかしらね。舞で観客を笑顔するために必要はものは見つかった?」
「うん。多分、わたしが――」
依月の答えを聞き、弥美は苦笑した。だが、嫌な笑いではない。
「まああんたらしいか。じゃあその想いを込めて、がんばりなさい」
「うん!」
簡潔な激励だが、依月はにっこりと笑って答えた。
今日も皐月はすでに家にいないようで、仏頂面の祖父と三人で朝食を摂る。依月は祖母の味を感じながら、うまくいきますようにと願った。
そそくさと食事を済ませ、依月は舞用の正装へと着替えた。いつもの稽古用の服ではなく、精緻な装飾が施された真新しいものだ。その上に羽織る豪華な千早をカバンに詰めて、軽く化粧の下地だけしておいた。
そして頭飾りを抱えて、祖父とともに家を出た。
今日は晴れやかな空……とはいかず、一面どんよりとした雲に覆われていた。今にも雨が降り出しそうな天気だが、おんぼろのブラウン管によると降水確率はゼロだ。
「じーちゃん、今日ってどうすればいいの?」
「とりあえず、お社まで行ったらあとは管理人がやってくれるわい。先に言っとくが、屋台回ったり遊んだりは禁止じゃからな」
「ええーっ!? だめなのー!?」
「馬鹿この、当たり前じゃろうが!」
この期に及んでも能天気な依月に秦月もため息をついた。
「そんなぁ……」
「この調子だと緊張とは無縁そうじゃな……その辺はむしろ安心だわい」
そんな祖父の励ましなのかなんなのかよくわからない台詞を聴きながら、二人は長い階段を降りて行った。
神社に着くと、すでに人でごった返していた。船麓町にはこんなに人がいたのかと、毎年不思議に思うほど賑わうのは例年通り。
違うのは、依月がここに来る理由だけだ。
人を避けるようにして裏門からそのまま拝殿へと入ると、中には管理人の老婆と、その娘の壮年の女性が待っていた。
「依月ちゃん。それじゃ今日は頑張ってね!」
という女性の激励のもと、本格的な化粧をするために奥の部屋へと案内されていった。
「それじゃ、ワシはこれで」
それを見届けて、祖父は踵を返す。ちらりと依月が最後に顔を覗くと、不安だがなるようになれ、という表情をしていた。
依月は思わず苦笑いした。
奥の部屋で大きな姿見の前に座らされ、衣装の直しと化粧がなされていく。
高校生になったのでそれなりにメイクも学びつつある少女であるが、ここまで本格的な厚化粧は初めてで、終わった時に鏡を見ると、そこには全くの別人が座っている気がした。
「うっわぁ……! 誰? って感じするー」
「依月ちゃん顔がいいから、ちょっと化粧するだけでもいい感じよ」
化粧してくれた女性が微笑みながら、そんなことを言ってくれた。依月は思わず照れ笑いし、ずっと色んな角度から鏡を見つめていた。
しばらくして。
「さて。依月ちゃんや」
咳払いとともに、管理人の老婆が声を上げた。
「これから一〇分後には、もう舞台に立っとかなきゃならんでの。心の準備はええか?」
「うん! だいじょうぶっ!」
もう悩みは吹っ切った。あとは迎え撃つだけだ。
「ええ返事じゃ! そいじゃあこっちに来んさい」
老婆に付き添って歩いていくと、前に皐月とのリハーサルで確認した、舞用の舞台袖となる部屋に通された。
「まあ、あたしゃ別に失敗してもええと思うがの」
という前置きのもと話されたのは、実際にこれからどうするのかといった詳細なスケジュールであったが、大体が皐月が話した通りだ。
そう、別に失敗してもいいのだ。大事なのは心のまま、思うままに楽しんで踊ること。義務感や使命感に駆られて踊るのは間違っていると思った。
昨日気づいたこと、一昨日の夜に一人で泣いたこと。そして何か大きな力に励まされたこと。
それらの出来事が、たった一日で依月を大きく成長させていた。
「おばあちゃん」
話が終わった時、依月は力強く頷きながら言った。
「楽しんでくるねっ!」
神風が吹かない町の、小さな祭り。
少女は、光の射すほうへと歩いていく。