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7.閉ざされたネットワーク?

 (怪談収集家・山中理恵)

 

 相変わらず、環田町は平和な町でした。警戒している自分達が、なんだか恥ずかしくなってくるくらいに。

 その所為か、初めに決めた、念の為に車から大きく離れる事を禁止にした約束も、少しずつ皆忘れていってしまっているようでした。紺野さんですら。ただし、今の紺野さんには、そんな事を気にしている余裕はなさそうだったので、無理もないかもしれませんが。

 「分かりません」

 紺野さんはそう呟きました。

 念入りに、何回も、環田町の様々な場所で調査を行った後の事です。ナノネットに関する専門的な知識のない私には、それがどういう結果なのかさっぱり分かりませんでしたが、紺野さんが予測していた現象が全く観察されなかった事だけは確かなようでした。紺野さんはこんな事を言います。

 「奇妙なのは、局所的な情報交換でさえ、外よりも随分と少ないといった点でしょうか? いえ、人口密度の差を考えるのなら、それも必然なのかもしれませんが」

 紺野さんは随分と悩んでいました。里佳子ちゃんの付き添いとして来てくれた深田さんもそれを手伝って、なんだか色々と情報分析のような事をやっています。彼はナノネットに関しては実は専門外らしいのですが、ナノマシン単体には詳しいので、色々とできる事もあるみたいなのです。彼は里佳子ちゃんについて、紺野さんの下した結論に疑問を持っているようだったので、その協力的な態度に私は少し違和感のようなものを感じました。でも、根が真面目な人ってだけなのかもしれません。感謝をしなくてはいけないでしょう。

 いくら分析を行っても、そこから何も意味が読み取れず、くまさんも疲労してきていたので、私達は休憩を取る事にしました。

 その頃には、町に対しての警戒心はほとんどなくなっていましたから、私達は小さな定食屋を見つけると、車から離れ、そこで昼食を取る事にしました。調査に熱中していて、いつの間にかに時刻は、三時を経過してしまっていました。遅めの昼食です。

 物珍しそうに店のおばさんが私達を見ていましたが、それだけで、敵対心のようなものは全く感じられません。くまさんと交代して現れた里佳子ちゃんが、美味しそうにカレーライスを一生懸命に食べています。遅い昼ですから、きっとお腹を空かしていたのでしょう。店のおばさんは、そんな彼女の様子を見て、優しそうに微笑んでいました。

 そんなおばさんの様子、いえ、その定食屋の雰囲気や、これまでのこの町の全体的な印象からでしょうが、鈴谷さんが唐突にこんな事を言いました。

 「わたし、田舎の町とかって閉鎖的な場所だって印象を持っていました。それで実はこの町も、都市伝説の先入観もあって、そんな場所じゃないかって考えていたんです。それで、印象と随分違っていて、少し驚きました。先入観って怖いです。気を付けないといけませんね」

 私はそれにこう合わせます。

 「そういう場所もあるにはあると思うけど、この町は違うと思うわ。独自の文化を育ててはいるけど、閉鎖的じゃない。他の土地のものを受け入れる姿勢も持っている」

 そして、それから紺野さんを見ると、こう話を振りました。

 「あ、こういうのも、ネットワーク的な考え方で捉えられるのですよね?」

 ご飯を食べて、緊張感が少し緩んだのか、それに対して紺野さんはちょっと笑いながらこう返しました。

 「山中さんも、私と一緒にいる内にすっかり、ネットワークとして物事を捉える癖がついてしまったようですね。

 でも、まぁ、確かにそうです。人間は他との交流によって、自己の認識を作り、自分の行動を決定する社会的な生き物です。ですから必然的に、社会ネットワークの特性が、社会形成の要因になりますね。もちろん、その中にある個人をも形成する。そして、他との繋がりが少ないネットワークは、閉鎖的な性質を持つ社会を形成し易い傾向にあるというのもまた事実です」

 それを聴き終わると、鈴谷さんは感想を述べるように言います。

 「集団自殺をしてしまうような、宗教団体とかってそんな感じですよね。自殺なんて明らかに個人の利益にならない事なのに、それに従ってしまうのは、そんな他との交流が遮断された場所で、社会が形成されるから。人間って自分の周りにある社会に従ってしまう生き物だから」

 鈴谷さんの言葉に、紺野さん頷きます。

 「そうですね。人間は集団の意見に左右される生き物です。同調する性質がある。集団心理学の実験で、こんなものがあります。明らかに簡単なテストをし、その場にいる他の人間の全てに間違った解答をさせる。で、被験者が何と解答するかを試す。結果は、なんと3分の1の人間が、集団の意見に従ってしまったそうです。中には、答えが間違っていると分かっていても、集団の決定に従ってしまったと証言した人もいたそうです。

 言論の自由が認められている社会では、普通は様々な意見を言う人が存在していますから、まぁ例外はありますが、偏った考え方に社会全体が傾倒する事は少ないのです。しかし、その社会が閉鎖的で排他的ならばこの限りにあらずです。個々人間で、同じ事を言い合い、自分達が正しいと思い込んでいる事柄の正しさを確認し合ってしまうような状態に陥る。そうなれば、社会は偏った考え方に染まってしまう。更にその偏った考え方が他から敬遠されれば、閉鎖性や排他的な性質はますます強くなります。そうなれば、その状況の打開はより困難になるでしょう。結果的に、集団自殺というような、明らかに間違った結末に至ってしまう場合もあるのです」

 紺野さんがそこまでを説明すると、私はこう言いました。

 「なるほど。地理的な条件で、田舎はそういった状況に陥り易いのですね。人が少ない上にネットワークが閉ざされているから。情報化社会になってからは、緩和されているとは思いますが、それでも独自の文化が育ってしまい易い。そして、産み出されるそれが、閉鎖性を帯びている場合もあると」

 「まぁ、そんな感じです。もっとも、これは田舎に限りません。閉鎖性と排他的な性質が要因となって、いじめという問題は発生するものですし、時には言論の自由が認められている大規模な社会でだって偏った思考に陥る場合がある。バブル経済などはその典型ですね。そういったものが発生するのには、前から言っている社会のスモールワールドという性質が関与している訳ですが」

 そう、紺野さんが言い終わったタイミングでした。少し自信のない感じで、鈴谷さんが口を開いたのです。

 「あの…… すみません。

 全くの素人の意見なんですが、もしかしたら、今回起きている、ナノマシン・ネットワークの現象ってそんなものが関係しているのじゃないでしょうか?」

 それを聞くと、紺野さんは少し驚いたような顔をしました。見ると、深田さんもその発言に反応をしているようです。そして、里佳子ちゃんも目つきが変わっている。もしかしたら、くまさんになっているのでしょうか?

 「どういう事でしょう?」

 落ち着いた口調で紺野さんが質問をしました。

 「この町は、他の場所に比べれば閉鎖的で元より緊密なネットワークによって互いが結び付いているのですよね? そして、それによって影響を強く与え合っている。もし、仮に今回のナノネットの目的が、そういったものを形成する事だとしたらどうでしょう? そういったネットワークが形成されているこの町では、日下さんの身に起こったような現象は必要ないという事になりはしないでしょうか?

 そして、より外部の開けたネットワークでは必要がある。この町のようなネットワークが形成されていないからです。単なる印象からの意見ですが」

 その鈴谷さんの仮説は、この環田町に関わる、人を吸う町の都市伝説が背景にありそうでした。恐らく鈴谷さんは、この町が人を吸っていると考えているのでしょう。それを馬鹿な発想だと思っている彼女は、だから自信なさそうにしていたのかもしれません。

 しかし、紺野さん達の反応は予想外に真剣なものだったのでした。

 「どう思いますか? 深田さん」

 「原理的な問題は残りますが、面白い意見だとは思います。確かに、それなら外では盛んに行われていたにも拘わらず、よりナノマシンが濃く蔓延しているこの町で、局所的な情報交換がほとんど行われていない事も説明できますし、それに、日下さんという男性の身に起こった現象とも重なるように思います」

 それを聞くと、紺野さんは少しの間黙りました。それから淡々と口を開きます。

 「私は日下さんの例は、特異なケースだと考えていたのです。彼特有の体質によってもたらされた現象だと。頻繁に起こっている現象なら、間違いなくもっと噂になっているはずですから。しかし、それは間違いだったのかもしれません。噂は形を変えて存在していた。人を吸う町の都市伝説として。この町に住み着くようになった人間が、この町を悪く言うとは考え難いですから、自らの体験を告白しはしない。そして、別の人間から観れば、その人はこの町に吸われたように思える…… かなり弱い憶測ですが、或いはそんな事なのかもしれません」

 鈴谷さんがそれを聞いて頷きます。

 「都市伝説になる過程で、多少脚色されているはずですしね。本来は、もっと穏やかなものだったのかもしれない。この町の自然に憧れのようなものを抱いて、それが強くなって引越しを決めるとかその程度のものだった可能性が強いと思います。例え、ナノマシンが関与しているのだとしても。日下さんのケースはやはり特例かもしれません」

 そう鈴谷さんが言い終わると、私は疑問を口にしました。

 「でも、だとすると、そのナノマシンを取り入れながらも、私達や他の人達がこの町に吸われないのは何故なのでしょうか?

 この町を訪れる人は少なくないのだし、ちょっと疑問が残るのですが」

 それを聞くと、紺野さんは大きく頷いてから、こんな事を言うのです。

 「そうです。その点が一番奇妙なんです。私もその事実から都市伝説で噂されているような、人を吸う現象は実際には起こっていないだろうと先入観を持ってしまった。先入観には気を付けないといけません。どうも、もう少し深く疑ってみる必要がありそうです」

 もしかしたら、答えの片鱗が見え始めたのかもしれません。私は、ちょっと期待を抱いたのでした。

 

 海岸。

 波が穏やかに海岸に打ちつけていました。空が青くて、海も青い。この町の自然はやっぱり綺麗です。カモメが遠くを飛んでいる姿すら、他とは違って見える。遊び心を出して、カニなんかを探してみる。海岸は余計な有機物を消費して、生態系を浄化する役割を果たしているのだそうです。

 生き続ける生命達は、皆、その複雑に絡まったネットワークを通して、影響を与え合っている波的な事象。この環田町では、それが人間社会にも及んでいる。社会が自然に組み込まれているが故に、この場所はこんなにも美しく、そして落ち着いている。昔の田園は、人間によって改変されながらも、そこに独自の生態系を形成していたのだそうですが、そんな印象とも重なる気がします。

 この町に対する好印象は、或いはこの町のナノマシンを、私が取り込んでいるからなのかもしれません。その可能性は否定できないと紺野さんも言っていました。でも、それだけじゃなければいいな、と私はそう思います。

 こういう場所を美しいと感じる感性が、求める欲求が、本能的に人間に備わっていればいいな、と。人は美しく生きる事だってできるのだと願いたいから。

 そんな光景が広がる場所で、紺野さんと深田さんは、即席で作った装置で何やら実験を行っていました。色々と紺野さんがワゴン車に積んで来ていたのです。多分、必要になる可能性を考慮していのたでしょう。

 紺野さん達は、バケツ、と呼ぶには、少し重装過ぎる趣の妙な装置に海の水を入れ、そこに小動物たちを加えました。カニとか、貝とか、ヒトデとか。里佳子ちゃんもそれを手伝い、とても楽しそうにしていました。彼女にしてみれば、遊びと変わらないでしょうから当然でしょう。もっとも、大人の私も楽しかったのですが。

 紺野さん達が実験に集中し始めると、里佳子ちゃんはくまのぬいぐるみを車から取り出し、海に向かって座りました。何をしているのでしょうか? もしかしたら、くまさんになって何かをしているのかもしれません。

 そんな事をやっている内に、徐々に日が暮れてきました。夕暮れの海は、想像以上に綺麗で幻想的です。

 遅くなる可能性は予想していましたから、森家への連絡は問題ありません。宿の手配も目星を付けてあったので、楽に取る事ができました。後の心配は実験の結果だけ、となるのでしょうか。

 紺野さんはもう少しで1メートル先を見るのも難しくなりそうな時刻になって、ようやく実験を切り上げました。夢中になると、紺野さんは時間を忘れるタイプなのです。ただし、装置はそのまま宿に運ぶつもりのよう。どうやら、一時中断するだけで、宿でも実験を行うつもりでいるようです。

 宿では、多少時期外れな上に、奇妙なメンバーなので珍しがられました。「今の時期に珍しいですねぇ」、なんて言うので、「いえ、この町の海は綺麗ですから、泳げなくっても充分に楽します」と、そう答えました。それは半分、本心です。それを聴くと、宿の人達はとても機嫌良さそうにしました。どうやら、この町の人達は、総じてここの海が、いえ、ここの自然が好きなようです。

 お風呂に入って、急いで夕食を取り終えると、直ぐに紺野さん達は再び実験を開始しました。もちろん、私達はもっとゆっくりと寛がせてもらいましたが。

 疲れていたのでしょう。里佳子ちゃんはご飯を食べると直ぐに眠ってしまいました。ただし、くまのぬいぐるみをしっかりと抱きしめている。もしかしたら、くまさんの方は夢の中で何かを探っているのかもしれません。

 私も疲れていたので、紺野さん達の実験に最後までは付き合わないで、先に眠らせてもらいました。鈴谷さんもです。

 朝、起きると、深田さんは眠っていました。ですが、紺野さんは起きていて、真っ赤な目で海を見ていました。そして、私が起きた事に気が付くと、「正体らしきものが、つかめましたよ。鍵は、恐らく“正のフィードバック”です」と、開口一番にそう言ったのです。

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