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14.民主主義とネットワーク

 (怪談ルポライター・山中理恵)

 

 私はその仕事を楽しみながらやっていました。ただし、それが上手くいくのかどうかは疑っていたのですが。

 紺野さんが語ったリゾート地開発阻止計画は、早い話が鈴谷さんの担当している雑誌の都市伝説コーナーで、環田町を取り上げるというものだったのです。

 “人を吸う町”の都市伝説。それを題材にしつつ、環田町を取り上げ、リゾート地開発批判の記事に繋げる。

 元々、私がやりたいと思っていた事ですから、それに反対なんてしませんでしたが、その効果には自信がありません。

 鈴谷さんには悪いですが、たかが雑誌のワンコーナーに、それほどの影響力があるとはとても思えなかったのです。

 ……紺野さんは本当のところはどう考えているのでしょう?

 しかし、そんな私の心配をよそに、紺野さんは余裕の表情を浮かべているのです。もし仮に失敗したとしても、海原さん達は文句を言いはしないでしょう。約束通り、雑誌で取り上げているのだし、そもそも犯罪を未然に防いでいるのだから、こちらに負い目はない。その余裕の表情の意味はそんなものなのかもしれない……。

 ――事が上手く運ぶように行動する。

 決して安易に口から出まかせを言うような人ではありませんが、紺野さんの信条がそんなものである事を私は知っています。その為なら、時として世間の道徳だとかを無視しさえする。ならば、今回に限っては海原さん達を騙したのかもしれない…… とも、私は記事を書き上げながら考えていました。

 ただ、少し気になると言えば、気になる事も一つあったのです。紺野さんは小さくでもいいから、雑誌か或いは今度出る予定の都市伝説コーナーの単行本の表紙に、環田町の海の写真を載せるように鈴谷さんに要望していたのでした。

 無理はしたらしいですが、鈴谷さんはなんとかそれを成功させたみたいです。綺麗な海ではありますから、表紙として悪くはなかった事も幸いしたみたいでした。

 そしてその結果を聞くと、紺野さんは「これで可能性は、かなり高くなりました」と、そう言ったのです。

 どうしてそれで可能性が高くなるのか、私には全く分かりませんでしたが。

 そして、雑誌が発売されたのです。

 小さくですが、雑誌の表紙には環田町の海の景色が載っています。でも、雑誌が発売されても何の反響もありませんでした。私はそれでやはり駄目かと思っていたのですが、都市伝説コーナーの単行本が発売されると、事態は急展開を迎えたのです。

 単行本にも、もちろん環田町を取り上げた記事を載せてあります。そして、環田町の海を、今回は表紙に大きめに載せてある。

 ――同時に発火した多数の小さな火が、徐々に大きくなり結び付いて、やがて巨大な炎になる……。

 表現するのならリゾート地開発に対する非難の声の拡がり方は、そんな感じでした。

 紺野さんが、私の知らない知り合いを通して、インターネットなどでその動きを煽ったような気配もあったのですが、それにしてもそれは驚くべきものでした。

 なんでこんな事ができたのでしょうか?

 私にはそれが不思議でなりませんでした。

 やがて、マスコミがその非難の声に乗り始めると、他の公共事業にも飛び火しつつ、リゾート地開発中止を求める声は無視できないくらいに大きくなり、遂には本当に中止になったのでした。ただし、いつまた再浮上するかは分からないので油断はできないのですが。

 私は狐につままれたような思いを抱きつつ、紺野さんの余裕の表情を思い浮べていました。

 それから少し経った後、紺野さんの研究所を訪れる機会を持った私は、紺野さんにその事を尋ねてみたのです。

 それを聞くと、紺野さんはこんな事を言ってきました。

 「権力の集中と、それを防ぐ為にあるシステムについて、前に一度説明した事があったと思いますが、覚えてはいませんか?」

 権力の集中?

 「確か“正のフィードバック”の時の話題に出た話ですよね? 権力を握った人間が自分達の都合の良いようにルールを設定する。すると、更にその人間達の権力が強くなり、また自分達の都合の良いようにルールを設定してしまう。これを繰り返していく事で、権力が一部に集中していくという……」

 私がそう答えると、紺野さんは「そうです。その通りです」と、そう言いました。

 「この現象は、人間社会に常に大きな問題として付き纏っていたのです。だから、それを防ぐ為の制度が多数考え出されてきました。三権分立とか、選挙制度とか。そして、国民主権を原則とする民主主義もその一つです。国民に主権を与える事で、権力構造を破壊し易くしたのですね。もっとも、当の国民にその意識がなくて何が起こっても何もしなければこの効果は働かないのですが……

 今回利用したのはこのシステムの効果です。国民の皆さんに、権力の集中を抑える為の“負のフィードバック”作用を起こしてもらったのですね。政治家、官僚、企業の不正な癒着という権力構造を壊した」

 これも、似たような話を前に少し聞いた事があるような気がします。理解できる。でも、それは私が聞きたがっていた話ではありませんでした。

 「そういう話なら分かるんです。私が不思議に思っているのは、どうして、世間にそれを起こさせる事ができたのかって点です」

 紺野さんはそれを聞くと、分かっていますといったような表情を浮かべました。多分、紺野さんは本当に承知の上だったのでしょう。説明の前置きとして、まずは言っただけなのかもしれません。それからまた口を開きます。

 「伝染病が蔓延する為には、何が必要なのか分かりますか?」

 「え?伝染病ですか? えっと… 人と人が接触する事でしょうか?」

 「正解ですね。接触する。つまり、伝染病が蔓延する為には、当たり前ですが、病気が伝染する必要があるのです。でも、その伝染する力がとても弱くては、いかに伝染すると言っても拡がりはしません。そして、平均して1よりも伝染する人数が低いと、実は伝染病はやがて勢力が衰えていくのです。もっとも、集中型のネットワークの場合など例外があるにはあるのですが。

 これはマクロな領域での分析な訳ですが、この考えをミクロな領域に当て嵌めると、どんな現象が観察できると思いますか?」

 その質問を聞いて私は困りました。少し質問の内容が漠然とし過ぎているように思える気がします。どう答えればいいのか分かりませんでした。

 「あの… ミクロな領域でそれを考える事にどんな意味があるのでしょうか?」

 それで困った私はそう言いました。すると、紺野さんはこんな事を言うのです。

 「大変良い着眼点です。

 伝染病という社会問題は大きな範囲の問題ですから、ミクロな領域で起こる事に注目をしても意味がないように思える。ですが、これには深い意味があるのです。何故なら、どんな伝染病も拡がる前の状態は、絶対にミクロな領域での現象だからです」

 「はぁ……」

 そう言われて、私はイメージしました。

 病気が誰かに発生する。その事実に気が付かなくて、その人が多くの人と接触すればその伝染病は拡がる可能性が高くなってしまう。その反対に、その人を隔離して伝染するのを防ぐことができれば、伝染病を封じ込めることができる…… もしかして、

 「初期にどれだけの数の人に伝染するかが重要だという事でしょうか?」

 それを聞くと紺野さんは笑顔になって言いました。

 「素晴らしい。その通りです。ドミノ倒しを思い浮べてください。最初の頃のドミノが倒れた時に、どれだけの数の他のドミノを巻き込めるかが、全体に伝播するしないの結果を分岐させるのです。伝染病の蔓延もこれと同じモデルですね。そして、このモデルは噂話が拡がる現象や、社会運動などにも当て嵌められるのですよ。つまり、

 それが発生した時に、どれくらいの人数の人間がそれに同調するかが明暗を分ける」

 話を聞きながら、私は少しずつ内容が確信に近付いている事を感じていました。

 「だから、閾値のレベルを下げてやると伝播する可能性をより高くできるのですよ。例えば、飢饉で身体が弱っている人が増えれば、当然病気は伝染し易くなるでしょう? それと同じで人々の不満が高くなっていれば、社会運動の発生率は高くなります。

 今回は、海原さんのナノネットの影響で、リゾート地開発阻止の声に同調する人々の閾値が低くなっていたのですね。マスコミがそれを取り上げれば、ナノネット関係なしでも、運動の火は燃え上がる事になります」

 なるほど。それを聞き終えて、私は納得しました。だから、海原さんのナノネットに引っ掛かり易いよう、環田町の海の表紙を用いる必要があったのです。

 少しズルイかもしれませんが… まぁ、これくらいはいいですよね。とても綺麗なあの海を護る為ならば…

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