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11.ネットワーク検索

 (編集記者・鈴谷凛)

 

 「あなたのナノネットが、人の害になろうとしているのかもしれないのです」

 と、紺野さんがそう言った時、わたしは内心の不安が払拭されるのを感じた。実を言うのなら、やはり少し紺野さんを疑っていたのだ。日下さんの事を忘れてしまっているのではないか、と。海原さんの話が面白かっただけに、その不安は大きくなっていた。だけど、それは杞憂だったようだ。紺野さんはそんな人じゃない。

 「それは、どういう事だ?」

 紺野さんの言葉を聞くと、海原さんの緩み始めていた表情はまた険しくなった。

 「あなたの作ったナノマシンを取り込んでしまった人がいまして。今、その人は失踪してしまっているのです。

 しかも、少々危険な状態で」

 紺野さんの返答に、海原さんはますます顔をしかめた。その様子を見て、わたしは口を開いた方がいいだろうと判断した。

 「その人は、日下さんという名前の方です。この人は特異体質を持っていたようでして、ナノネットによるデータの入出を映像として感じ取る事ができたようなのです。

 その所為で、日下さんは人込みを恐れるようになりました。結果として、家に閉じこもりかなり不健康な生活を過ごすようになったのですが…… それでも、海原さんの人格は少しずつ取り入れてしまっていたようです。防げなかったのですね。完全には。そして、ある日に県知事への憎悪をつづった文章と共に失踪をしてしまったのです。

 海原さん。

 あなたも、この海の近くでリゾート開発を行う計画に対して、怒りを感じていたのではないでしょうか?

 恐らく、日下さんはそれを取り込んでしまったのだと思います。このままでは、もしかしたら、彼は県知事を殺してしまうかもしれない。だから、一刻も早く日下さんを見つけ出さなければならないのです。わたし達がここに来た目的はそれなんです」

 わたしの説明を聞き終えると、海原さんと作業員は目を丸くした。

 「信じられん話だ…」

 「まさか、そんな事が起こっているだなんて……」

 そのタイミングで、紺野さんが、わたしの説明を補うようにまた説明を始めた。

 「もちろん、日下さんの身にそんな事が起こったのは、ナノネットばかりが原因ではなく、その特異体質や不健康な生活も、大きな要因になっているはずです。彼は家に閉じこもり、孤独になっていた。孤独を経験すると、人間の攻撃性は上がってしまう。不健康な体調がそれに拍車をかけ、更にそこにリゾート地開発の怒りが加わった……

 日下さんのようなケースが発生してしまう確率は非常に低いはずです。観察はされ難いでしょう。信じられないかもしれません。ですが、私達がこの現場に辿り着いているというのが、何よりの証拠です。私達はこの事件がなければ、この町のナノネットの存在にすら気が付かなかったでしょう」

 その説明を受けて、海原さんは何かを言おうとして止めた。そして、その代わりに作業員が疑問を投げかけた。

 「ですが、我々に何をしろというのです? この町のナノネットが原因であるというのならば、確かに協力したいし、協力しなければならないのだとも思います。しかし、手段がない。どうすれば、その日下という人を見つけ出せるのか、少なくとも僕にはその方法が思い付きません」

 「大丈夫です」

 紺野さんはその質問に簡単にそう返してしまった。

 「ナノネットは私の専門です。その方法は考えてあります。

 この海の中のナノネットと陸のナノネットに繋がりがあり、そして、データを流す事が可能ならば、検索は可能なはずです。もっとも、海原さんにも協力してもらわなくてはなりませんが」

 「検索?

 この膨大な社会を全て検索するのですか? そんな事が可能なのですか?」

 「可能なのですね…… 何故なら、人間社会にはスモールワールド・ネットワークという性質があるからです」

 紺野さんは作業員に向かって、そう説明を始めた。しかし、何故だか、時々視線を海原さんに向けている。海原さんの様子を窺っているように思える。

 「これは抽象的な話なのですが、ネットワークの中に、集中化或いは、少しランダムな要素を混ぜてやると、それだけで組織的な構成を維持したまま、ネットワークが緊密に結び付く構造になる事が知られているのです。A地点とB地点。この二つの地点がどんなに離れていても、辿り着くのにわずか数ステップしか要しないようになる。

 そして、人間社会にも、これに近似した構造がある事が知られているのです。つまり、知り合いの知り合いの、と辿っていけば数ステップで目的の対象に辿り着ける。それは“六次の隔たり”と呼ばれているのですが。

 もちろん、今回のナノネットにもこれに近い性質があると考えられます」

 「つまり、その性質を利用してやれば、ネットワーク内から日下さんという人を見つけ出す事も可能という話ですか?」

 「その通りです。もっとも、今回のナノネットは通常のものとは少々性質が異なりますので、簡単にはいきません。情報を発信し、受け取る事ができなくては、検索は不可能だというのは簡単に分かるでしょう?

 そこで、この海の中のナノネットが必要になって来るのです。今のところ、それが可能なのはここのナノネットだけです」

 そこまでを聞いてわたしは理解した。だから、この海の中のナノネットと繋がっている海原さんの協力が必要なのだ。海原さんはそこまでを聞くと、わずかに眉を動かしてからようやく口を開いた。

 「検索が可能だという事も、オレの協力が必要だという事も分かった。だが、しかし…」

 そこまでを言って、言葉を濁す。すると、紺野さんがこう言う。

 「気が乗りませんか?」

 すると、海原さんは驚いた顔になった。

 「分かりますよ。国による時代遅れな、利権目当てのリゾート地開発によって、あなたが築き上げてきたものが壊されようとしているのですから。それを防げるのなら、防ぎたいと思うのは人情です。自ら、その可能性を捨てる事を望めるはずもない」

 そこで言葉を止めると、紺野さんは作業員を軽く見た。そして、

 「反応の仕方は違いましたが、それは、あなたも同じなのじゃないですか?」

 紺野さんの言葉に、作業員は苦笑した。

 「まぁ、その通りです。日下という人を犠牲にできないというのは、理性では分かっていますが、感情は追いつきません」

 紺野さんは軽く頷く。

 「そうなんでしょう。人間は、直接触れていない相手に対して、感情の機能を働かせる事ができ難い生き物です。

 ですが、あなた達は間違っています。そんな事をさせれば、或いは却ってリゾート地開発を阻止する事はできなくなるかもしれない。反対派を擁護し難くしますから。直接的な本能のままの方法では、人間社会には巧く作用しないのです。批判によって、却って相手を助ける事になってしまうケースが往々にしてある…… ただ、心配はいりません」

 紺野さんは一度間を置いた。少しためてから、また口を開く。そして、紺野さんの次の言葉に、海原さんと作業員の二人だけでなく、その場にいる全員が驚いたのだった。

 「リゾート地開発を、阻止する方法ならば存在します」

 明らかに二人が反応したのが分かった。

 「ただし、それを行う為には、まず日下さんを助けなくてはいけない。先にも言いましたが、もし県知事を襲うなんて事件を起こしたら、反対派が非難される事になるでしょう。すると、それは難しくなってしまうのですよ」

 「ちょっと待ってください、紺野さん。

 そんな事…… 一体、どうやって?」

 そう質問したのは、山中さんだった。付き合いが長い彼女は、紺野さんの事をよく知っている。口から出まかせを言うタイプではないと分かっているだけに、より驚いているのかもしれない。

 「できるんですよ。

 この町のナノネットが、広く社会に存在しているという現実と、そして、権力の集中を抑える為にある、人間社会のシステムを応用しさえすれば」

 紺野さんはそう答えると、それからわたしを見て言った。

 「ちょっと、それには、鈴谷さんにも協力してもらわなくてはいけないのですがね。なに、大した事ではありませんよ」

 わたしは、いきなり話が自分に振られた事に虚を突かれて、少し呆けてしまった。

 ――何をするの?

 「さて、お二人。どうでしょう? 私は嘘は言いませんよ。もし、日下さんを助けられたら、リゾート地開発は阻止できる。協力してはもらえないでしょうか?」

 もちろん、二人が首を横に振るはずはなかった。ただし、かなり不思議そうな顔をしてはいたけども。

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