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10.波的な生命

 (怪談ルポライター・山中理恵)

 

 「その呼び方はやめろと言っただろうが」

 その声を聞いた時、私は聞き覚えのある声だなと思ったのです。そして、少し離れた位置にいたので直ぐには分かりませんでしたが、そのお爺さんが近づいてくると、私はそれが誰なのかを思い出したのです。

 「お爺さん! この間は、どうもありがとうございました」

 そうです。そのお爺さんは、初めてこの町に取材で訪れた時に出会ったあのお爺さんだったのです。随分と色々な話をしていただいた、この町の自然をとても好きな、あのお爺さん。

 「あんたが言っていた取材ってのは嘘だったのかな?」

 お爺さんは近付くなり、私に向かってそう尋ねて来ました。少しだけ、悲しそうな顔で。私は首を振ってそれを否定します。

 「いえ、違うんです。あの時は、本当に取材だったんです。今回は、ちょっと嘘をつきましたけども」

 お爺さんはそれに何も答えませんでした。少しだけ、機嫌が悪いようです。

 「“オリジナル”というと、まさか、あなたが海原真人さんですか?」

 紺野さんが、お爺さんに向けてそう語りかけました。

 海原真人。

 都市伝説によると、ナノマシンをばら撒いた後で失踪した事になっている、生態学者の名前です。

 私の、いえ、私だけでなく、鈴谷さんの視線も受けて、私達が何を思っているか悟ったのか、お爺さんはこう言いました。

 「確かに、ナノマシンをばらまいた事で、不審に思われたから、ちょっとの間逃げたけどな。別に失踪したつもりはなかったんだが」

 苦笑しています。

 「噂は面白い方向に、変化するものですから……」

 そう言ったのは、鈴谷さんでした。その後を引き継ぐようにして、紺野さんが言葉を発します。

 「あなたの行った、ナノマシンを遺伝的アルゴリズムの原理を応用して進化させる方法は、少々危険なものでした。

 だから、ナノマシン開発として、ほとんど採用されてこなかったのです。

 進化したナノマシンが、どんな性質を持つのか全て調べるのにはかなりコストがかかります。そして、その調べ切れないナノマシンが人間に害を為す性質を持っている事も充分に考えられる。

 あなたのナノマシンに関しては、大きな問題は今までは起こってこなかったようですがね」

 お爺さんは、そう紺野さんに苦言を呈されると少しだけ顔をしかめました。

 「そんな事まで知っているのか? 遺伝的アルゴリズムの発想を用いたと。いや、カマをかけられたのかな…… あんたも人が悪いな。

 実を言うのなら、それに関しては、後でオレも後悔したんだよ。というか、だから、ばれたらまずいと思って少し逃げた訳だが。まぁ、軽率だったと思っているよ。反省している。

 ただ、あれを作り上げた当初は舞い上がってしまっていてね。色々と面白い性質がある事が分かったから、試してみたかったんだ。オレにはちょっとそういうところがあるんだ。興奮し易いのだな」

 紺野さんはそれを聞くと、少しだけ困ったように笑いました。

 「他人事とは思えないエピソードです。私も気を付けるべきなんでしょう。ただ、私達は別にその事を糾弾する為に、ここを訪れた訳ではないのですよ。済んだ事は、仕方がないと思っています。この町の、他の場所から人を集めてしまう性質も、意図的に作り上げたものではなかったのでしょう?」

 それを聞くと、お爺さんは力なく頷くと少し笑いました。

 「あんたは凄いな。一流の人間なんだな。その通りだよ。オレは、本当はただ、人間がもっと自然の生態系に関心を持ってくれれば良いと思って、あれをばらまいたんだ。別にこの町のこんな仕組みを作り上げるつもりなんかなかったんだ。

 ばらまいたナノマシンには、オレの人格がコピーされてあった。オレの自然好きの性質が。そのナノマシンを、人間が摂取すれば、オレの自然に対する思いが、少しは伝染してくれるだろうと期待したんだな。そうすれば環境問題だって改善に向かって進んでくれるかもしれないじゃないか。いや、馬鹿だったと思っているよ。今では」

 紺野さんはそれを受けると、軽く首を振りました。そして、こう言ったのです。

 「あなたが特別劣っているという訳ではありません。私の専門は、ナノマシン・ネットワークなもので、そういった方面に強いだけですよ。それに、あなたのした事の全てが悪いという訳でもないと思っています。そんなに自らを卑下する必要はないでしょう」

 紺野さんが言い終ると、若い作業員の方がそれを受けて言葉を発しました。

 「その通りだと思いますよ、海原さん。この町の自然は素晴らしい。それは、あなたののお陰でもある。それに、あなたの人格を取り入れた事で、この町の人達はそれなりに楽しくやれていると思います。もちろん、僕もね。

 あなたのバージョン3として、この生活を楽しんでいますよ」

 それを聞くと、少し落ち込み気味だった海原さんはちょっと元気になったのか、やや激しい口調でこう言います。

 「だから、そのバージョン3ってのもやめろって言ってるだろう? 大体、オレとお前とじゃ、全然、性格が違うじゃねぇか!」

 照れ隠しかもしれません。若い作業員の方はそれを聞くと、少し笑いました。

 確かに、若い作業員の方の性格は、このお爺さんの性格を取り込んで作られているようには思えません。もっとも、一見は、ですが。根っこの部分では、近い何かがあるような気がしないでもない。

 「バージョン3という事は、他にもバージョン違いがいるのですか?」

 それを言ったのは、深田さんでした。バージョン3という言葉に反応をしたようです。

 「ええ、いますよ。この海の中のナノネットと繋がっている人間、そして、海原さんの人格を色濃く受け継いだ人間が他にも。僕は三人目だから、バージョン3と、そう思っています。ま、オリジナルは気に入ってないみたいですが」

 「この海の中のナノネットと繋がっている……。ああ、だから海原さんは、この場所に都合良く現れる事ができたのですね。僕らの探索を察知したのか」

 「そうだと思いますよ。

 もう少し説明を加えておくと、僕らは、海原さんのコピーでもある訳ですが、コピーだけあってそれほど海の中のナノネットと繋がりが深い訳じゃない。海原さんは、より深く繋がっているので、探索を明確に知る事ができたのでしょう。

 因みに、海の中のナノネットの自己同一性を保っているのは、主に海原さんです。僕らも少しは関わっていますが、サポート程度ですね。今のところ。それで、この海の中のナノネットが、役割を果たせるよう維持しているのです」

 しばらく無言で、海原さんはそのやり取りを聞いていましたが、そこまでを作業員が言い終えると、小声で「何が自分には説明して良いか判断する権限がない、だ。しっかり勝手に説明してるじゃねぇか」と愚痴を言っていました。

 文句を言ってはいるけど、悪意が全く感じられないし、作業員の方もそれを分かっているみたいに思えます。どうも、平和な人間関係を構築しているみたい。

 「この海の中のナノネットと繋がっている…

 すいません。今の私にとって一番不可解な点は実はそれなのです。この海の中のナノネットは何なのでしょう?

 海原さんが、ナノマシンを広い地域にばら撒いた事は分かりました。それが、この町に人が集まる現象を起こしている。しかし、どうしてこの町なのかも分からないし、この海の中のナノネットも、それだけじゃ存在の説明にならないように思うのです」

 そう質問をしたのは、紺野さんでした。海原さんはそれを聞くと、また苦笑しました。

 「もちろん、オレが投入したのさ。海の中に、オレの人格をコピーしたナノネットを、オレとの繋がりを持たせたまま…」

 「……何故、そんな事を?」

 「言わなくても分かると思うけど、オレもナノマシンを身体の中に取り入れてあるんだよ。なにしろ、一番初めに実験に使ったのは、オレ自身の身体だったからそれも当たり前なんだけどな。それで、オレは、ナノネットのある性質に気が付いたのさ」

 ある性質? もしかして、それは…

 「映像が見られるんだよ。ナノネットと繋がったままでいれば。それが、誰の、何の見ているものなのかは分からないが、ナノネットを通じて情報を取得できる。

 もう、その頃には興奮は覚めていたんだが、オレのもう一方の欲求は、相変わらずに残っていた。オレは自然が、特に海が好きな人間なんだよ。

 ……まぁ、ここまで説明すりゃ分かると思うけどな。つまり、オレは海の中の世界を感じ取ってみたかったんだ。この町にやって来たばかりの頃から、オレはここの海が好きだった。それで、海の中にナノネットを投入したって訳さ。

 直ぐにナノネットは消えると思っていたし、ちょっとの間なら、大丈夫だろうって、まぁ、欲求に勝てなかったんだな。これも、軽率な行動だったのだと思うよ。

 因みに断っておくと、オレが期待したような体験はできなかったよ。海の生き物を通じて確かに海の中のデータは流れ込んできたけど、それは何が何だかよく分からないようなものだった」

 そこまでを聞くと紺野さんは、海原さんの言葉を受けるようにこう言いました。

 「言うまでもなく、魚介類の感覚情報は、人間には処理し難いでしょう。それに、入り込んでくる情報は複数あるはずですから、混乱してしまうはずです」

 「そうなんだろうな。オレも本当は、そんなに凄い体験ができるとは思っていなかったんだよ。何度も同じ様な事を言うが、好奇心には勝てない性質なんだ。

 データの取得のコントロールは可能だったから、海の中のナノネットと繋がっていても邪魔にはならない。それで、オレはナノネットは自然消滅するだろうと放置しておいたんだ。海の中なら人への影響も少ないだろうし、害はないと思っていた。それに、実を言うと、どうやって消去すれば良いのかもよく分かってなかったんだ。だが、それから少し経って、奇妙な現象がおき始めた事にオレは気が付いた」

 その説明には鈴谷さんが反応しました。

 「この町が、人を吸い始めたのですね?」

 恐らく、彼女の好みの話題になり始めたからでしょう。“人を吸う町の都市伝説”その誕生の経緯が、今明らかになろうとしているのです。

 鈴谷さんの言葉に、海原さんは頷きました。

 「この町に少しずつ人がやって来るようになった。そしてその人間達は、何故か人間社会を生態系の輪に組み込むって発想に興味を示し始めたんだ。みんなの意識が変わったのかと思ったが、それにしてはこの町だけにそういう人間が集まって来るってのはおかしい。

 それで、オレはこう結論付けたんだ。オレが人間社会にばらまいたナノマシンと、この海の中のナノネットが、弱いながらも繋がってしまっているのじゃないか、と。そして、オレの人格が、そのネットワークの中を飛び交い、ある場合にはオレの人格をコピーしてしまうのじゃないか、と」

 そう言葉を終えると、海原さんは訴えるようにして紺野さんを見ました。紺野さんはその視線を受けると言います。

 「恐らく、その推論は正しいと思います。人間社会とこの海中は、ナノネットによって繋がっているのでしょう。ただし、それは一つの人格と意思を持つような緊密なナノネットでもない。この海の中のナノネットだけは緊密に結び付いていますが、陸のナノマシンのネットワークは、単純に繋がっているだけだと考えた方が良さそうです。ただし、陸のネットワークの中にもデータは存在している。そのデータは、ナノマシン・ネットワークの中に棲む生命のようなものだ。常に伝わり続ける事で存在している、極めて波的な生命。

 海原さん。あなたからコピーされた人格は、既にあなたの手から離れ、別の存在として生命になってしまっている… そう、あなたも結論付けたのですね? そして、その生命達は相互作用やその他の影響によって、常に変動をし続けている…… どんなものに変わってしまうかは予測不能。しかも、それは常にコピーされ新たに誕生し続けている」

 その紺野さんの言葉に返したのは、若い作業員の方でした。

 「その通りです。だから、オリジナルには海の中のナノネットの自己同一性を一定に保つ為に管理する必要ができてしまった。

 この海の中のナノネットは陸のナノネットに影響を与え、僕のようなバージョン違いを発生させたり安定させたりもしますが、同時に、陸のナノネットの影響を受けてもいるのです。その結果として、人に害を為すようなものになってしまう可能性だって充分にある。それは何としても防がなくてはいけない。そして、僕らバージョン違いもそれを手伝っている訳ですね」

 私はその時、その一連の説明を聞いて、少しの怖さと、だからこその魅力を感じていました。

 ネットワークの中に保持されている人格。例え本人が死んだとしても、自動的に“海原真人”のコピーが生成される。という事は、人間としてのそれが死んだとしても、ネットワークが存在し続ける限り、海原さんの人格はコピーされ、新たに再生産され、生存し続ける事になるのです。

 SFっぽいですが、怪談的な何かを感じるような気がしないでもない。まるで輪廻か何かのよう。霊が存在しているみたい。

 ……もちろん、そう思うのは、怪談好きの私だからかもしれませんが。

 紺野さんは、その若い作業員の方の説明を聞き終えると、ゆっくりとこう言いました。

 「なるほど。そこまで聞ければ充分です。つまり、この海中のナノネットは、陸のナノネットに影響を与える事もできるのですね?私達の目的は果たせそうです。海原さん。どうか、手を貸してはいただけないでしょうか?

 あなたのナノネットが、人の害になろうとしているのかもしれないのです」

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