93 根本遥の独白㉒ 遥の推理
警察は渡辺凛の家に放火した海野洋、そして海野洋に呼び出され、正当防衛で彼を古井戸に突き落とした鈴木静を容疑者として捜査を進めている。
死人に口無し――。あたしは鈴木静の薄気味悪い笑み、そしてオタフクの両眼の穴から覗く……暗く冷たい瞳を想像して、ぶるりと震えた。
本来なら鈴木静が海野洋の命令に従って、渡辺凛の家に放火するはずだった。だけど海野洋の靴底には渡辺凛の家の土が付いていた。状況から考えて、結果は逆――。
リスク回避を真っ先に考える海野洋が、自ら進んで放火をするはずがない。事件の夜、どこかで海野洋と鈴木静の立場が逆転したのかも知れない。
海野洋と鈴木静の間に何があったのか。あたしは桐島務殺害時の二人の行動を参考に、その真相をあたしなりの脚色を加えて推理してみた。まぁ何の裏付けもないから、話半分で聞いてほしい。
あたしが海野洋に最後の電話を掛けてから三週間、静かに時が過ぎていった。ひょっとすると、海野洋はあたしから何か指示やアドバイスが受けられると思っていたのかも知れない。
何の音沙汰も無く、しびれを切らした海野洋は、ついに自ら行動を起こす。どこかの電話ボックスから電話を掛け、鈴木静に二人目の報復――渡辺凛の自宅に放火しろ、と命令を下した。
人気の無い河川敷と違い、住宅街での放火は近くの監視カメラに映ったり、人目につく恐れもある。脅しに屈して、やむを得ず命令に従ったとしても、どうせまたリスクの高い要求を吹っ掛けられるかも知れない。
鈴木静は何度も脅してくる酷い奴の正体を見つけ出したいと思っている。
そして桐島務を殺害した犯人は、オタフクのお面をつけていた。つまり犯人はその時すでに、盗撮される危険性を意識していたということ。
もし海野洋が桐島務の殺害をネタに鈴木静を脅していたとしたら……抜け目のない鈴木静は気づいたと思う。脅迫者は、報復の様子を見届けるために、必ず現場近くに潜んで監視していると――。
放火の犯行時刻は深夜。前回と同じく、海野洋は現場近くの手頃な撮影スポットに先乗りして、鈴木静がやって来るのを待ち構えていた。
そこへ気配を消した鈴木静が背後から近づき、海野洋の背中にナイフを突き付ける。
「お前が電話でわたしを脅していた男か?」
「い、いや、何の事? 意味が分からないんだけど」
海野洋はそう言って惚けたのかも知れない。
鈴木静は背中にナイフを当てたまま、海野洋のスマホを奪って言った。
「このスマホの中に【オタフクの動画】があれば、お前が電話でわたしを脅していた男だと分かる。嘘をついたら、背中から心臓を一突きにしてやる。今すぐに答えろ。
お前は電話でわたしを脅していた男か? イエス? それとも、ノー?」
もちろん海野洋の答えはイエス。この時点で、海野洋と鈴木静――【脅す者】と【脅される者】の立場が逆転する。
海野洋は姿を隠して、電話で鈴木静を脅迫した。その音声は、電話の録音機能で保存済み……だとすると、声紋を照合すれば、言い逃れはできない。
「わたしの命令に従えば、すぐには警察に通報しない。……どうする?」
そう言って、鈴木静は自分がやらされるはずだった放火を海野洋にやらせた。
それは、後に海野洋を古井戸へ突き落とし、自殺に見せかけるための理由付けだったのかも知れない。
海野洋は鈴木静の怒りを買ってしまった。
フフフ。その切っ掛けを作ったのは、あたしなんだけど。
警察は渡辺凛の家に放火した海野洋、そして海野洋に呼び出され、正当防衛で彼を古井戸に突き落とした鈴木静を容疑者として捜査を進めている。
鈴木静の供述をもとにして――。




