92 根本遥の独白㉑ 悪い知らせ
翌日。あたしは顔を洗った後、いつものようにドアポストに刺さった朝刊を引き抜いた。最近は地方欄の火災情報を真っ先にチェックするのが日課になっていた。
マグカップに牛乳を七分目まで入れて電子レンジで一分間温める。チンと鳴る間に、ダイニングテーブルに新聞を広げてページを捲った。
【西河市で未明に火災――十六日未明、西河市南野五丁目の住宅で出火し、火はおよそ二時間半後に消し止められた。
消防によると、木造二階建ての住宅がほぼ全焼し、この家に住む渡辺さんの家族全員が搬送されたが、命に別状は無いという。警察と消防は、焼け跡から出火の原因を調べている――】
電子レンジがチンと鳴った。あたしにはまるで海野洋が任務遂行の報告をしたように聞こえた。
熱いミルクを息で冷ましながら、もう一度記事を目で追った。間違いなく渡辺凛の自宅が全焼した。あたしの思惑通りに事が運んでいれば、海野洋は鈴木静に放火させ、その様子を動画で撮影しているはず。
たとえオタフクの覆面を被っていたとしても、犯行後に抜かり無く尾行して、そのまま鈴木静の帰宅を確認すれば、オタフクと鈴木静が同一人物だという事がほぼ立証できる。
あたしは火傷しそうに熱くなったミルクをちびりと舐めて味わった後、もうしばらく冷めるのを待った。
そして週末。約束通り、長身黒髪美少女の白川瞳がやって来た。地味で飾り気のない男、佐藤一を連れて。
驚いた事に、あたしがタイムカプセルに紛れ込ませた声明文を、白川瞳はすでに開封していた。
「私と一は手紙の差出人を茶封筒と名付けて、休日を返上して調べているの。現段階で、あなたが茶封筒かどうかは判断出来ないけど、クロに近いグレーとして警戒しておくわ」
白川瞳はパインジュースを飲み干し、続いてオレンジの缶を振った。
「あたしの身から出た錆だから、何を言っても無駄なようね。これからもあたしは部屋から外へ出るつもりは無い。だけど茶封筒の正体が明らかになって、負の連鎖を断ち切る事が出来たら外の空気が吸えるかもね。他人任せだけれど」
あたしは動揺を隠すため、慌ててクッキーを口に放り込んだ。
「フフフ。このクッキーの口溶けと後を引く美味さは癖になるわ」
二日後。納期が迫った挿絵の仕上げを済ませた後、あたしは果汁100%のグレープジュースを口に含んで、ネットのローカルニュースを開いた。
渡辺凛の自宅の火事以降、地元で目立った事件や事故は報告されていない。海野洋と鈴木静の近況が気になってはいたけど、君子危うきに近寄らず。あたしは傍観者に徹して、遠目から静かに結果が出るのを待っていた。
【古井戸の底から高校生の遺体が見つかる】
その見出しを見て、あたしは思わずモニターにジュースを吹き出した。
死んだのは、どっち――?
『白川よ。どうしたの?』
あたしがモニターに映った記事を眺めながら電話を掛けると、白川瞳が冷めた口調で答えた。
「悪い知らせよ。あんたの予想が当たったわ」
『具体的に教えて』
「農家の古井戸の底から海野洋の死体が発見されたわ。井戸の中は深くて、水はほとんど無かったみたい。警察は事故と事件の両面で捜査してる。詳しくは西河市のローカルニュースで確認して」
結果はあたしの思い通りにはならなかった。
鈴木静は、またもやあたしの持ち駒を奪い取ってしまった。
海野洋と鈴木静の間で、一体どんなやり取りがあったのか。
次回はあたしの推理を交えて、その真相に迫りたいと思う。




