91 根本遥の独白⑳ 潮時
鈴木静に犯罪行為をさせ、決定的な証拠を手に入れて告発する作戦。あたしは海野洋に取り入って、さりげなく指示役から支援者に立場を変える事ができた。
危険な【物語】への介入は、この辺りが潮時だと、あたしの防衛本能が告げていた。
指示を出さなくても、海野洋が自発的に行動する流れは作った。あたしの思い通りに事が運ぶかどうかは分からないけど、海野洋と鈴木静――【脅す者】と【脅される者】の軋轢は、どちらかが倒れるまで、ずっと消えずに燻り続ける。
その勝負の結果が出るまで……あたしはしばらく息を潜めることにした。
それから三週間が経とうとしていた。町内で小火や火災のニュースは無く、あたしは部屋の中で歯痒い思いを募らせていた。
そんな時、不意にリビングの電話が鳴った。あたしは急いでリビングに滑り込み、コードレス電話の小さな液晶を確認した。080……スマホからの番号。少し前に、同窓会を企画している山本と名乗った女の番号だと思う。
以前あたしは低めの声で保護者を演じ、本人はカナダに留学していることにして、話を打ち切っていた。
「はい。根本ですが、どちら様?」
『私は白川瞳と申します。根本遥さんに伝えたい事があって電話をしました』
予想外の相手に、あたしは思わず絶句した。これから山本と名乗る女とどう会話を弾ませるか――自分に課した思考ゲームを楽しむつもりだったのに。
『もしもし? もしもあなたが根本遥さんだったら、お願いだから電話を切らずに話だけでも聞いてほしいの。ダメかな?』
ろくに話した事も無い白川瞳が、どうしてあたしに電話を? 海野洋が小鳩駅のホームで彼女を見かけた事と、何か関係があるのだろうか。
『木田さんを犠牲にした悪い奴を見つけ出すために、あなたの力を借りたいの。お願い!』
ちょっと待って。訳が分からない。あたしは思考がまとまらず時間を稼ぐため、ゆっくりとした口調で相手に問い返した。
「……本当に白川さん? この間の山本って名乗った怪しい人じゃないの?」
『それは偽名よ。私の名前を出すと警戒されると思って偽名を使ったの』
「……ふうん。カナダ留学の嘘はバレてたんだ?」
『声が若かったし、本人が電話に出て嘘をついているんじゃないかと思ったの』
どうやら白川瞳は前回の電話で、あたしの様子を探ろうとしていたのかも知れない。だとすると、すでに渡辺凛や安藤芹とも接触している可能性がある。
「誤魔化さなくてもいいわ。どうせ渡辺凛か安藤芹に聞いたんでしょ? 中学から不登校だってね。で、あんたは恵を殺した悪い奴を見つけ出すために、あたしの力を借りたいと言ったわね。何かつかんでいるの?」
あたしは相手に音が聞こえないように静かに息を吐き出し、鼓動を鎮めた。
『木田さんを誰かが操っていた事は分かってきた。詳しい事はあなたと直接会って話がしたい。外に出るのがダメなら、あなたの部屋に入れてほしい。腹を割って話がしたいの』
「……あたしを恨んでないの?」
『もう恨んでない。もちろん木田さんの事も』
白川瞳は落ち着いた声で迷い無く答えた。何を目的に、どこまで調べたのか分からないけれど、今のところ白川瞳は、恵を裏で操っていた人物を見つけ出したいようだ。
「……わかった。あたしの家に来て。あんたは高校生だろうから、いろいろ忙しいんじゃない? あたしはずっと家にいるから、あんたの都合のいい日に会ってあげる。住所はもう知っているんでしょ?」
『ええ。それじゃあ今週の土曜日の正午はどう? お昼はあるの?』
「いつもはレンチンか宅配ピザだけど」
『私の手作り弁当を持って行ってあげる。料理には自信があるの。一緒に食べながら話をしましょう』
「フフフ。楽しみに待ってるわ」
思いも寄らない登場人物が、向こうから近づいて来た。新たに加わった白川瞳が、この【物語】にどういう影響を与えるのか――。
あたしは安全な場所で、ゆっくりと見物させてもらおう。




