90 根本遥の独白⑲ 目の上のたんこぶ
引っ越したはずの白川瞳が小鳩駅にいた? この町には嫌な思い出しかないはずなのに……どうして――。
「人違いではなくて?」
あたしが確認すると、海野洋はまるで親友にでも話しかけるように、砕けた調子で答えた。
『ネットで確認したから間違いないよ! あれは確かに白川さんだった』
「……ちょっと待ってください。ネットで確認したって? 一体どういう事ですか?」
『白川さんは昔から優等生だったから、絵か何かで賞を取ってるかも知れないと思ったんだ。
【白川瞳】【中学】【高校】【受賞】のキーワードを組み合わせて検索してみたら、絵と作文で市や県の賞をいくつか取ってて、名前と写真が掲載されていたんだよ。駅で見た実物の方が、よっぽど可愛かったけどね! それと、彼女が今通ってる高校も分かったよ!』
海野洋は喜びを隠せない様子で、調査結果をあたしに自慢した。
下火になっていた海野洋の邪悪な嗜好に再び火が着いたようだ。あたしはこの状況を上手く利用しようと、頭をフル回転させた。
「良かったですね。わたしは白川さんが引っ越してからあまり連絡を取らなくなってしまって、疎遠になってしまいました。だから、今はあなたの方が、何だか親しみが持てるんです。
あなたが白川さんを追い続ける気持ちは十分わかるので、ハメを外し過ぎない限りは応援するつもりです。ただ……」
『ただ……?』
「あなたは小学生時代、いじめられていた白川さんに救いの手を差し伸べず、見て見ぬふりをしていた。その蟠りを解消させないと、あなたに幸福が訪れることはないでしょうね」
あたしが淡々とした口調で告げると、海野洋は天国から地獄に落ちたような口調で言った。
『一体どうすれば、その蟠りを解消できると思う?』
「言葉より行動で示すこと。わたしなら、白川さんの味方だという結果を残します」
『……やはり、僕にとって鈴木静は目の上のたんこぶ――という訳か』
海野洋は心を落ち着かせるように、大きく息を吐いた。
「あなたが撮った【オタフクの動画】は、犯人が覆面をしているので、脅しのネタには使えません。犯人が鈴木静だと決定づける確実な証拠が必要なんです」
『わかった。それで、次は誰を標的にするつもり?』
「木田恵のグループにいたメンバーで、残っているのは安藤芹、渡辺凛、根本遥の三人。
安藤芹は遠くへ引っ越して、根本遥は家から一歩も外へ出ず、引き籠もりを続けているようです。わたしは渡辺凛が狙いやすいと思います。どうですか?」
『僕は鈴木静が犯罪を起こして捕まれば、正直標的は誰でもいいんだ。桐島務のように殺されたら可哀想だと思うけど』
海野洋は冷めた口調で言った。
「渡辺凛の住所はわかりますか?」
あたしはあえて海野洋に確認した。
『知ってるよ。僕は小学校の卒業式の前に、同窓会の幹事としてクラスメイトの住所と電話番号を集めたんだ。残念ながら白川さんは教えてくれなかったけど』
「フフフ。辛い思い出しかないクラスの同窓会になんて、行くわけが無いでしょう。
……次は鈴木静に渡辺凛の家を放火させるのはどうですか? 住んでいる家が大火事になれば、それだけで甚大な被害です。渡辺凛に報復すると同時に、鈴木静に放火の罪と莫大な賠償金を負わせるんです。
鈴木静を上手く操り、決定的な証拠を手に入れる事ができれば――あなたはきっと、厄介な呪縛から開放されるでしょう」




