87 根本遥の独白⑯ もどかしい時間
高校は夏休みに入ったらしい。あたしは桐島努と打ち合わせをして、作戦実行の日取りを決めた。現場に鈴木静が現れると同時に、服の内側に固定したスマホの録画スイッチを押して、正面から決定的な犯行現場を撮影するつもりだ。長時間撮影を見越して、外付けの大容量バッテリーも用意しているらしい。
また、川に突き落とされた際、溺れないように腰巻式の救命胴衣を身につけておくとの事。
あたしは『くれぐれも用心するように』と、ありきたりの言葉を伝えて電話を切った。
つづいて海野洋に電話を掛ける。声色を少し低く抑えて要件を伝えた。
ここ最近、桐島努は決まって金曜日の午後にお気に入りの河川敷へ向かう。報復作戦の実行は三日後、今週金曜日の夜。襲撃場所への道筋は以前に話した通り。
鈴木静には、桐島努を事故に見せかけて川に突き落とせと命令すること。また、一連の様子を、できるだけ鮮明に録画すること。
「わたしからの指示は以上です。後日また電話を掛けますので。良い報告を期待しています」
あたしは海野洋に有無を言わさず電話を切った。
そして金曜日がやってきた。あたしは部屋の中で、じっと思考を巡らせていた。
桐島努と海野洋。二人の持ち駒は、果たして思い通りに動いてくれるのか。それに対して、不気味な鈴木静はどう対処してくるのか。
鈴木静はこれまで、木田恵の最大の弱点を見抜いて上手に飼い馴らし、陰に隠れて様々な策略を実行してきた。予想以上に強かな奴かも知れない。
今回の作戦がどう転ぶか。結果次第で、あたしの身の振り方も変わってくる。もどかしい時間の経過を紛らわすため、あたしはイラスト制作に没頭して時間を費やす事にした。
翌日。なかなか寝つけなかったあたしは、日中死んだように眠った。目を覚ますと、すっかり日が暮れていた。外は土砂降りの雨。午後九時になるまで時間を潰した後、あたしは黒い雨合羽を被り自転車に乗って、夜の町に出掛けた。
アスファルトの道が水浸しになって、激しい雨音が辺り一帯に鳴り響いていた。目に降り注ぐ雨を拭いながら、あたしは目的の電話ボックスまで必死にペダルを漕いだ。
隣町に近い薄暗い公園の側に、青白い明かりの灯った電話ボックスが見えた。自転車を降りてドアを開け、いつも通り電話機の上にテレホンカードと防犯ブザー、そして殺虫スプレーを置いた。
「この雨じゃ、防犯ブザーは役に立たないかもね」
あたしは独り言ちて周囲に目を走らせた。中折れ式の扉を閉めると雨音は嘘のように静かになったけど、周囲は土砂降りの雨と暗闇で何も見えなかった。
あたしは焦る気持ちを落ち着かせて、まずは桐島努のスマホに電話を掛けた。
『お掛けになった電話は、電波が届かない所にあるか、電源が入っていないためお繫ぎ出来ません』
アナウンスの音声が流れた。桐島努のスマホが水没して壊れた? それとも何か理由があって電源を切っているのだろうか。
あたしは受話器を一旦戻した後、再び受話器を取って海野洋の電話番号を押した。海野洋があたしの指示通りに、桐島努と鈴木静のやり取りを監視していれば、そこで起こったすべての真相が分かるはず。
数回の呼び出し音の後、海野洋が電話に出るなり出し抜けに言った。
『ずっと君からの電話を待ってた。僕はもう、どうしたらいいのか分からない。とにかく恐ろしい現場を目撃したんだ! 震えて、しばらくその場から動けなかった……』
あたしはゴクリと固唾を飲んで、受話器を固く握った。




