86 根本遥の独白⑮ 囮
あたしは鈴木静が脅しに屈した事を桐島努に告げ、次の展開について幾つか確認した。
「計画通り、白川瞳へのいじめの報復として、鈴木静に実行役をやらせようと思う」
『一体……誰を標的にするつもり?』
桐島努は不安そうな声色で尋ねた。
「あんたも想像できると思うけど、クラスの中でいじめを主導していたのは恵のグループよ。つまり木田恵、渡辺凛、安藤芹、あたし、そしてあんたの五人。
恵はすでに亡くなっていて、渡辺凛や安藤芹を予定した場所に誘い込むのは手間が掛かるし不確実。……残るはあたしとあんたの二人だけど、ずっと引き籠ってるあたしが都合よく外出したら、向こうも何かあるんじゃないかと警戒するかも知れない」
『つまり……囮に適任なのは僕ってこと?』
「あんたに、その覚悟はある? 嫌ならまた計画を練り直す。少し時間が掛かるかも知れないけど」
あたしが大袈裟に溜め息をついて言うと、桐島努はゆっくりと、自分に言い聞かせるように答えた。
『僕がやるよ。他のクラスメイトを犠牲にして大怪我でもさせたら、あとでずっと後悔すると思うから』
「その言葉を聞いて安心したわ。……ところであんたはアウトドア派?」
『いや……どっちかといえば、インドアだけど?』
「あたしの計画では、人気のない河川敷でソロキャンプをしているあんたを鈴木静に襲わせるつもりなの」
『どうやって?』
「鈴木静はあたしを二度も事故に見せかけて殺そうとした。たぶん吉田先生もね。海野洋には、あんたを川に突き落とすように命令させるつもりよ」
あたしは桐島努の不安を少しでも和らげるため、鈴木静の予定行動を予め教えておいた。
『わかった。突き落とされても溺れないように、しっかりと準備をしておく』
「インドア派のあんたがいきなりソロキャンプを始めたら、周りは不思議に思うかも知れない。作戦を実行する前に、現場の視察や予行演習も兼ねて、二、三回はソロキャンプに出掛けた方がいいわ。テントや道具を買うお金はあるの?」
『今まで貯めた貯金が結構あるから、ネットの動画を見て必要なものを揃えてみるよ』
「あんたばかりに負担をかけられないわ。この作戦が成功したら、あたしがあとで必要経費をちゃんと支払うから、そのつもりでね」
あたしは懐が深いところをそれとなくアピールしつつ、リスクの高い役を買って出た桐島努を、途中で気が変わらないように鼓舞した。
「あんたがソロキャンプしている所へ鈴木静を向かわせる。潜んで来るのか、面と向かって堂々と来るのか、あたしには分からない。不意打ちが嫌なら……あいつが来る気配をしっかり警戒しておくことね」
『わかった』
「当日、海野洋にはバレないように鈴木静の後をつけて、陰から犯行現場を撮影させるつもり。何かあった時は助けるように言っておくけど、怖気づいて動かない可能性もある。念には念を入れて、あんた自身も襲われた時の証拠が残せるよう、ちゃんと準備をしておくのよ」
『わかった。肝に銘じておく』
桐島努はソロキャンプの動画を参考にして道具を揃え、あたしの指定した川へ何度か出掛けた。周辺に雑木林の死角があり、撮影を担当する海野洋が身を隠しやすい場所を選んだ。
あたしは口頭で桐島努と現場までの道筋を確認した後、改めて海野洋に報復計画の内容を告げた。
最初の標的は木田恵のグループにいた桐島努。最近ソロキャンプに凝っていて、休みの日に人気の無い河川敷に出掛けては、そこで一泊過ごして帰ってくるのが趣味だという。
作戦当日、鈴木静に桐島努を川に突き落とすよう命令を出す。その犯行現場を動画に収めれば、それがまた次の脅しに使える。
あたしは海野洋に、今度は間違いなく動画に収めるように念を押し、電話を切った。




