85 根本遥の独白⑭ 脅迫
そして、中学の卒業が間近になった。相変わらずあたしは引き籠りを続けていたけど、元々外に出るのが億劫だったから、何の不自由も感じなかった。
あたしが桐島努に語った作戦をここまで引き延ばした理由はいくつかある。
一つ目は警察の捜査を待って、あわよくば鈴木静の犯行が明るみになることを望んでいたから。だけど木田恵の転落死に事件性は見出されず、吉田先生の轢死も、結局事故として処理された。
二つ目は、あたしが長期間引き籠って何もしない事で、鈴木静に敵意が無いと思わせること。桐島努には、同じクラスになった鈴木静の様子を週に一度はあたしに報告させていた。
中学一年生当時に比べれば、陰気でピリついていた表情が多少和らいでいるらしい。警察の捜査に区切りがついて、あたしに対する警戒心も薄れているのかも知れない。
天災は忘れた頃にやって来る――。言葉の使い方は間違っているかも知れないけど、あたしは作戦の実行を卒業式の後……ちょうど三年前の木田恵の転落死、そして吉田先生が轢死した頃と同じ時期に予定していた。
鈴木静にとって、後ろめたい過去を効果的に思い起こさせ、脅しの深刻度をより高めるために。それが三つ目の理由だった。
桐島努にはあたしの意図を理解させた上で、鈴木静の監視や報告の役割を与え、作戦を開始するまでの間、モチベーションを下げさせないようにした。
海野洋にも早い段階で計画の一端を伝え、報復作戦の実行は、志望校に合格するまでは行わないこと。そしてその後、鈴木静を脅して服従させ、報復の計画が軌道に乗れば、今度こそ希望通りストーカー動画を確実に消去して、白川瞳との仲を取り持つ約束をした。もちろん全部、嘘だけど。
意外だったのは、思いのほか海野洋が乗り気だったこと。難関の志望校に無事合格して、気持ちが大きくなっているのかも知れない。
あたしはその勢いが冷めないうちに、海野洋に鈴木静を脅す段取りを話した。
まずは鈴木静に宛てた封書を郵送する。中身は『疾しい過去をネット上に拡散されたくなければ、白川瞳をいじめた者たちへの報復に協力すること。お前が殺した木田恵と吉田先生の二人も、報復の成果として利用させてもらう』といった内容。猶予は三日。
あたしは海野洋に、正体がバレないように自宅から離れた電話ボックスから指定した日時に電話を掛け、鈴木静の返事を聞くように伝えた。
『君も僕に、同じような手口で脅しているよね? 本当に、僕が白川さんをストーカーしてたっていう動画を持ってるの?』
海野洋は囁くような声であたしに確認した。
「フフフ……あなたが白川さんをつけまわしていたのは一回だけじゃないでしょ? 試しにその中の一つを今から一分間だけ公開してみましょうか? 望遠レンズで顔と名札がばっちり映っちゃってますけどねぇ」
あたしは苛立ちが伝わるように、強く押し殺した声で答えた。
『わ、わかった。ちゃんと指示通りに動くから、許してくれ』
そして数日後、あたしは再び夜の電話ボックスから海野洋に電話を掛けた。
「それで……鈴木静の返事はどうでしたか?」
あたしが訊くと、海野洋はまるで自分が手柄を立てたような口調で答えた。
『とりあえず僕の指示に従うと言ったよ。でも、木田恵と吉田先生の死はこじつけで、自分は関係ないって言ってた。身内の事を考えて、仕方なく脅迫に屈するんだと』
「わかりました。次の指示は、また改めて連絡します。今日のお手柄の報酬として、動画の一つを消去します。次からもその調子でよろしくお願いしますね」
あたしは電話を切り、急いで夜の闇を自転車で駆け抜けた。




