83 根本遥の独白⑫ 契約
「鈴木静の命令に歯向かった恵、そして本命の吉田先生が亡くなった。六年二組の担任と児童が立て続けに命を失った事実を、警察は不審に思うかも知れない。鈴木静は無関係を装い、しばらくの間息を潜めて……ほとぼりが冷めるのを待っていると思う」
あたしは桐島努から視線を外さずに言った。
「根本さんはこのまま何もせずに、ずっと閉じ籠っているつもりなの?」
桐島努はあたしを睨みつけ、怒りを抑えるように言った。
「フフフ。さっきまで抜け殻のようになってたあんたが、正義の味方を気取って、殺された恵の報復でもするつもり?」
あたしはあえて挑発するように言った。
「僕は……今は思いつかないけど、じっとしているつもりはない。必ず決定的な証拠を見つけ出して、鈴木静に相応の報いを受けさせてやる!」
あたしに向かって決意宣言をし、桐島努はパインジュースを一気に呷った。
あたしは用意していた数種類の駄菓子をテーブルの上に載せ、桐島努に勧めた。
「鈴木静は人を殺す事に躊躇いが無い。侮ると、きっと痛い目に遭うわ。それに……あんたは恵と生前仲が良かった。あいつと恵の歪な関係が、あんたに知られていると判断したら、あたしのように邪魔者として狙われる可能性もある。
怖がらせるつもりはないけど、用心しておくに越したことはないわ」
桐島努は駄菓子に手をつけず黙り込んだ。あたしはキャラメルの包みを開け、口に放り込んで話をつづけた。
「あんたと同じで、あたしも指を咥えてじっとしているつもりはない。だけど、軽はずみな行動をして相手に気づかれたら、ますます命を狙われるハメになる。
焦らずに……気づかれないように、あいつを罠に嵌めて、新たな犯罪を起こさせるの。その決定的瞬間を動画か写真に収めれば、きっと警察も動いてくれるはず」
「一体どうやって? 何か良いアイデアでもあるの?」
桐島努はようやくマーブルチョコを手に取って口に入れた。
「あいつが本当に恵や吉田先生の死に関与しているとしたら、今はバレないように気を張って警戒しているはず。アイデアはあるけど、しばらくは表立って動かない方がいい。
じっくりと機会を待って……あいつが気を抜いた頃を見計らって作戦を開始する。あんたがあたしに協力してくれるなら、今からその計画を話そうと思う。どう?」
あたしは桐島努の瞳を凝視して言った。
「協力する。今の僕には何か目的が必要なんだ。恵ちゃんの事は残念だけど……今更どうなるものでもないのは分かってる。鈴木静のような酷い奴に天誅を食らわせたい。ただそれだけだ」
桐島努はあたしから視線を外さず答えた。
「握手をしたら、契約成立よ」
あたしが右手を差し出すと、桐島努はあたしの右手をしっかりと握った。
「あたしとあんたはこれで仲間。だけど、あたしは鈴木静に二度も命を狙われてる。会っている事があいつにバレたら、標的にされるかも知れない。基本は会わずに、何かあったらあたしから電話するようにする。それでいい?」
「わかった」
「これから話す計画は、あたしとあんた以外に絶対漏らさないこと。何を話したか、たぶん知りたがりの渡辺凛が訊いてくると思う。だけど絶対ダメだから。適当に誤魔化しておくのよ」
「わかった。誰にも話さないって約束する」
あたしは桐島努の返事を聞いた後、冷蔵庫から二本目のジュースを取り出した。
「グレープもなかなか美味いから、あんたもどう?」




