82 根本遥の独白⑪ 幼馴染
あたしは木田恵に待ち伏せされ、自転車事故を装って殺されそうになった事実を桐島努に話した。
「さっき話した通り、あたしは鈴木静が恵の弱みを握って酷い事をやらせているのを知っていた。いずれ誰かに告げ口するんじゃないかと思って、恵を使い、あたしを殺そうとしたのよ」
桐島努は瞬き一つしないで、あたしの話に聞き入った。
「あたしは恵に一度確認したの。後遺症は嘘かも知れない。それでもあいつの命令に従うの? ってね。その時、恵は泣きそうな顔で答えたわ。
命令に背けば、恵の大好きなお母さんに、今までしてきた悪事を全部ばらすって。鈴木静に後遺症を残すほどの怪我を負わせたのにずっと黙っていた事。同じクラスの白川瞳を卒業までねちねちといじめ続けていた事をね。
鈴木静は恵が一番触れてほしくないところを突っ突いて、服従させていたのよ」
桐島努の瞳がうっすらと充血していた。生前の木田恵の面影を思い浮かべているのかも知れない。
「あたしはその話を恵から直接聞いて、恵はもう、どんな命令をされても断れないと思った。そして……その数日後、あたしにとって決定的な出来事が起こった」
あたしは険しい顔を桐島努に向けながら、誰かに駅のホームから突き落とされ、間一髪で生還した話を、多少の脚色を加えて語った。
あたしの迫真の演技が効いたのか、桐島努は顔を顰め、喉元がドクンと動いた。
「あたしは鈴木静の殺意が本物だと悟った。同時に、操られている恵も信じられなくなった。そして身の危険を感じたあたしは……こうして引き籠りを強いられているのよ」
あたしは溜め息を吐き出した後、残りのジュースを飲み終えた。
「どうして、僕にそんな話を?」
桐島努は握り締めたジュースの缶をじっと見つめたまま呟いた。
「恵がいなくなって、あんたが抜け殻のようになっているって話を渡辺凛から聞いたの。あんたにとって、恵は掛け替えのない人だったんじゃない?」
あたしが問うと、桐島努は今にも泣き出しそうな顔で言った。
「恵ちゃんと僕は幼馴染で、引っ込み思案な僕をずっと気にかけてくれていた。その優しい気持ちが分かっていたから、僕は恵ちゃんの役に立てる事が生き甲斐だったんだ。
でも、明るくて誰にでも優しかった恵ちゃんの笑顔が、だんだん少なくなっていって……いつの間にか白川さんをいじめるようになっていた。
僕も薄々とは感じていたんだ。恵ちゃんが変わってしまった背景に、何か誰にも言えないような訳があるんじゃないかって……」
「そして、恵は小学校の屋上から転落して亡くなった。自殺か他殺か分からないけど、その死に、鈴木静が深く関わっているのは間違いない。あたしの考えを聞いてくれる?」
あたしは手元にあったティッシュを二、三枚引き出した。桐島努は黙って受け取り、涙を拭いて鼻を擤んだ。
「少し前に、あたしが突き落とされた同じ駅で人身事故があったの。電車に轢かれて死んだのは、あんたも知ってる吉田先生だった。情報源は明かせないけど、その直前に、鈴木静が駅に入って行く姿を目撃されている。……あんたはそれが偶然だと思う?」
「僕には……わからない」
桐島努はふうっと息を吐いた後、パインジュースを口に含んだ。
「あたしがホームから突き落とされたのは、本命の吉田先生を殺るための予行演習だった。恵を失った鈴木静は、危険を承知で吉田先生を突き落としたんじゃないかと思ってる」
「その事と恵ちゃんの死に、一体どんな関連が?」
「鈴木静は、のうのうと生きている吉田先生が許せなかった。一刻も早く息の根を止めたい。急かすように、執拗に、恵に殺害の実行を要求した。無理な要求に耐えかねた恵は……自ら命を絶ったか、鈴木静を道連れに飛び降りようとしたんだと思う。
結果、利用された恵は犠牲になり、鈴木静だけが生き残った――」
あたしは桐島努の瞳の中に、怒りの火が灯ったのを見逃さなかった。




