81 根本遥の独白⑩ 埋め込み
引き籠りをつづけていたあたしのもとに、定期的に渡辺凛と安藤芹が訪ねて来た。きっと中学校の担任から、あたしの様子を見て来るように頼まれているのだろう。
部屋には上げなかったけど、インターホン越しに中学校の雰囲気や、それとなく木田恵と連んでいた桐島努の様子を聞き出した。
渡辺凛の話では、木田恵の死がよほどショックだったのか、誰とも交流せず、以前にも増して寡黙で覇気が無くなっているという。
あたしはこれまでの状況から、桐島努が木田恵に対する共依存者だったと結論づけた。
桐島努は木田恵の役に立つことで自分の存在価値を見出し、生きる活力を得ていた。木田恵を失った今、どうしていいのか分からず抜け殻のようになっている……。
あたしの推測が正しければ、新たな持ち駒を手に入れるチャンスになる。桐島努の心に空いた穴に【木田恵を奪った者への憎しみ】を埋め込む事ができれば、ずっとあたしにまとわりついている鈴木静の不気味な影を取り除く事ができるかも知れない。
あたしは飽きもせず登校を促しに来る渡辺凛に、言付けを頼んだ。
「今更だけど、恵の事で桐島君に伝えたい事があるの。できれば部屋の中で話したいから、ここへ来るように伝えてくれない?」
『いいけど……。わたしも部屋に入れてくれる?』
渡辺凛は興味津々な口調で返した。
「桐島君とは立ち入った話もあるから、今回はダメ。あんたには必ずお礼をするから、頼まれてくれない?」
『わかった。桐島君はずっと塞ぎ込んでるみたいだから、いい返事ができるかどうか分らないけど。桐島君のOKが出たら、また今度、学校が終わってから連れて来るわ』
「よろしく。学校に行く気は無いから、それも担任の先生に伝えておいて」
そして二日後、渡辺凛が桐島努を連れてやって来た。あたしはチェーンを掛けたドアを開け、隙間から二人の姿を確認した。
「あんたにはこれをあげるから、今日は帰ってね」
あたしは果汁100%のオレンジジュースを渡辺凛の手に載せた。
「まさか、これがお礼?」
「何か不満でもあるの?」
「……いいえ。よかったらまた今度、わたしも部屋に入れてくれない?」
「また何か頼みを聞いてくれたら、考えてもいいわ」
あたしは遠ざかっていく渡辺凛の足音を確認した後、抜け殻のように佇んでいる桐島努に視線を合わせ、チェーンを外した。
「部屋の中にはあたししかいないから、気を遣う必要はないわ。恵の事でどうしてもあんたに伝えたい事があるの。あたしが引き籠っている理由もちゃんと話すから、お互い腹を割って話さない?」
あたしが真剣な眼差しで言うと、桐島努はやや生気を取り戻して、コクリと頷いた。
あたしは桐島努をダイニングに引き入れ、冷蔵庫からグレープジュースを取り出した。
「あんたは何がいい?」
「……珍しいからパインにしようかな」
桐島努は少しだけ表情を和らげて言った。
テーブルに向かい合わせに座り、お互いにジュースを一口飲んだ後、あたしはこれまでの経緯を掻い摘んで話した。
五年生の時、林間学校で木田恵の一言が発端となり、鈴木静が怪我をした事。
リハビリ中にクラスメイトたちが仮病を疑い、鈴木静を爪弾きにし始めた事。
唯一頼りにしていた吉田先生にも仮病を叱責された鈴木静は、孤立して、心に傷を負った。
そして、鈴木静はその原因を作った木田恵を後遺症をネタに責め始めた。弱みを握られた木田恵は、鈴木静の奴隷のようになっていく。
六年生になっても、鈴木静の深い恨みは消えなかった。奴隷になった木田恵を操って白川瞳をいじめ続け、吉田先生のクラスを崩壊させようとした。だけどその作戦は、あえなく失敗に終わった。
「ここからはあたしの思い込みかも知れないから、あんたが納得した部分だけ信じてくれればいい。卒業後に、あたしの身に起こった事と、あたしの考えを話したいと思う」
あたしはグビリと喉を鳴らしてグレープジュースを飲み込んだ。
桐島努は両手で缶を握り締めたまま、息を呑んであたしの話に耳を傾けた。




