80 根本遥の独白⑨ 心の闇
鈴木静が二度もあたしを狙った理由。考えられるのは五年生の時、後ろ指を差されるようになった彼女を助けずに、見て見ぬふりをしていた事? でもそれなら、陰口を叩いていたクラスメイトたちの方が酷いに決まってる。
あたしは鈴木静が白川瞳をいじめていた張本人だと知っている。学校にいる時、ヤバい奴だとずっと警戒していた。向こうもそれに気づいていたのかも知れない。
小学校を卒業してもなお、木田恵を操って何かをするつもりなら、二人の歪な関係を知っているあたしがきっと邪魔になる。だとすると、あたしへの殺意はずっと消えないだろう。
だけどあたしが籠城したことで、鈴木静はあたしへの殺意を一旦保留せざるを得ない。
鈴木静が殺意を抱くほどの深い恨み。その根っこにあるのは、原因を作った木田恵ではなく、彼女を爪弾きにしたクラスメイトたちでもない。
鈴木静の左足の怪我が治りかけていた時、仮病を疑い始めたクラスメイトたちに、吉田先生は無関心だった。
足が完全に治るまでには時間が掛かり、治ってからもしばらくは心と体のリハビリが必要な事。吉田先生が、それをちゃんと皆に伝えていれば、鈴木静の心の闇は表に出て来なかったかも知れない。あたしからすれば、あの先生にそこまで求めるのは無理な話だと思うけれど。
鈴木静の本命は間違いなく吉田先生だと、あたしは予想した。
今、軽はずみな行動を起こすのは得策じゃない。あたしが息を潜めている間に、鈴木静と木田恵がどういう行動に出るのか。相手の出方を見極めてから慎重に計画を練る必要がある。
とりあえず手懐けた海野洋を上手く利用して、鈴木静を封じ込めないといけない。
海野洋は使い物になるかどうかわからないし、途中で裏切る可能性も十分にありえる。失敗してもあたしに被害が及ばないように注意すること。そして――いざとなったら捨て駒にしてもいい。
あたしは海野洋に、時間がある時はできるだけ鈴木静の様子を探ってほしいと依頼した。白川瞳の尾行が得意なら、鈴木静もバレないようにできるはず。何か成果をあげれば、動画のデータは必ず処分するし、白川瞳との仲を取り持つという嘘の約束をして。
それから数日後、小学校の敷地内で木田恵の死体が発見された。校舎の屋上から地面に転落し、全身に強い衝撃を受けて死亡していたとの事だった。目撃者はおらず、屋上には人が争った様子も無かった。
あたしはこの出来事に少なからずショックを受けた。とうとうこの【物語】に、目に見える形で犠牲者が出た。それが鈴木静の手によるものなのか、木田恵の自殺なのかはわからない。だけど、鈴木静は手持ちの駒を一つ失った。この状況を上手く利用できないか。あたしは灰色の脳細胞を活動させた。
渡辺凛と安藤芹が木田恵の葬儀に誘って来たけど、あたしは頑なに断った。辛すぎて見に行けないと言い訳をして。
その後、鈴木静に目立った動きは無く、同級生たちは中学校に通い始めた。あたしは困惑する両親を何とか説得して、ずっと自分の部屋に閉じ籠っていた。
そして――何気なく開いた地元のニュースサイトに、最寄りの駅で人身事故があったと伝える記事が載っていた。
あたしは胸騒ぎを感じた。木田恵を失った鈴木静が、事故に見せかけて吉田先生を殺ったとしたら――他にも駒がいる? それとも……。
あたしは黒ずくめの服装で、再び夜の町へ出掛けた。前とは違う電話ボックスから海野洋に電話を掛けた。
「こないだ小鳩駅で人身事故があったみたいですね。その件に関して、何か鈴木静と関連した情報をつかんでいませんか?」
あたしはダメ元で海野洋に尋ねてみた。
『君からの連絡を待ってたんだ。その日、たまたま塾の帰りに、左足を引きずって歩く鈴木静を見かけた。気づかれないように後をつけて行くと、確かに小鳩駅の改札に入って行くのを見た』
「映像か画像の証拠は撮っていますか?」
『いや、シャッター音を鳴らすと気づかれる恐れがあったから、撮ってない』
「……詰めが甘かったですね。鈴木静は人身事故を誘発させた可能性があります。尾行をつづけて決定的な証拠を撮っていれば、あなたの望む報酬が出せたのに。残念です」
あたしは電話を切った。そして確信した。手駒を失った鈴木静は、自ら動いて吉田先生を葬ったのだ。




