8 昼食、その後
階段を下りると、四人掛けの食卓に曲げわっぱの弁当箱が二つ置いてあった。
「少し大きい方が一のよ。足りなかったら余ったおかずと御飯があるから遠慮なく言って。お味噌汁を入れるわ」
大きめの弁当箱が置いてある席に座ると、髪を後ろで括った白川が、ワカメと白ネギの入った味噌汁を弁当箱の側に置いた。
「ありがとう、早速いただきます!」
俺は丸い割り箸を割って手を合わせ、味噌汁に手を伸ばした。少し混ぜて口に含むと、熱過ぎない絶妙な口当たり。そして具と一緒に舌の上に吸い込むと、合わせ味噌の旨味とコクが口一杯に広がり、ほっこりとした香りがスッと鼻を抜けていった。
「かなり美味い」
「そう? お弁当は温めていないけどOK?」
白川は僅かに口元を緩めて言った。
頷いて弁当箱の蓋を開けると、ヒノキのいい香りが鼻を抜け、食欲をそそる焼き鮭とウインナーが見えた。定番の卵焼き、ミニトマトとブロッコリーが彩りを添えている。白米には種を抜いた大きめの梅干しが美しく埋め込まれていた。
ありふれた食材を使った料理だが、焼き方や並べ方に繊細な気配りの跡が見え、噛むほどに食材本来の食感と旨味が口の中に広がった。
「ごちそうさま。午後も、この食事に見合った貢献が出来たらいいんだけど」
俺が手を合わせて礼を言うと、白川は少し誇らしげな顔をして食事を続けた。
俺と白川は昼食後少しの休憩を挟んで、予定通りに作業を再開した。
俺は数冊の文集から読み取った、クラスメイトたちの性格や態度を一覧表に纏めた。白川の印象と照らし合わせて検証したいので、空欄にした同じ表を白川にも手渡した。
「文集を読んで、その表に瞳の評価を書き込んでほしい。後で茶封筒の候補者を絞り込むヒントになるかも知れないから」
「分かった。出来るだけ主観が入らないように、気をつけて評価するわ。アルバムの写真や教科書の落書きから気づいた事は、また後日に話し合うという事で。今日は文集の検証に絞って、後で協議をしましょう」
白川は重ねた文集を受け取って、早速作業を始めた。
俺は入れ替わるようにアルバムと教科書の束を机に広げた。さて、どういう観点で資料を分析するか。座椅子の背にもたれ、腕を組んで頭を捻った。
クラスメイトたちの作文の評価が終わり、白川はコップに注いだ麦茶を呷って、ふうっと息を吐いた。
「準備が出来たわ。まずはクラスメイトの中から茶封筒の候補者を絞っていきましょう。ちなみに一は茶封筒をどんな人物だと思う?」
「手紙の文面を見ると、自分の正体がバレないように警戒して用心深く言葉と表現を選んで書いている。正直、小学校六年生とは思えない」
「確かに茶封筒は手紙の中で、主語を『わたし』にしたり、ひらがなを多用して、性別と年齢を隠してる。念の入れ方は大人びている感じはするけど……。
私の意見を言うと、茶封筒は思い込みが激しくて正義感が強い。一方で、自分の過激な思考をちゃんと自覚していて、それを楽しんでいる節があるわ」
白川は俺に確認させるように、茶封筒から取り出した三つ折りの手紙を広げて見せた。
俺は改めて文面を目で追い、白川の伝えたい事を理解した。
「茶封筒は元々悪い奴らに制裁を加えたかった。その欲望を満たすために、白川を出しに使って復讐を買って出た……という事?」
「茶封筒がどういう思考回路でそこに行きついたか分からないけど、現に声明文はここにある。一刻も早く正体を明らかにしないと、落ち着いて眠れないわ」
白川は両手を頭の後ろで組んで、座椅子に体をあずけた。