78 根本遥の独白⑦ ヤバい奴
海野洋には二つの顔があった。表面上は真面目で正義感があって、穏やかな人柄に見える。だけどあたしはそれに反比例するような、裏の顔も知っていた。まぁ、あたしのように人間観察を趣味にしているような人間じゃないと、誰も気づかないだろうけど。
自分の不手際を誤魔化すために、他人を罠に嵌めて責任を転嫁したりするのはお手の物。
常に優劣で人を判断し、あたしみたいな不真面目な陰キャに対しては、無視するか、ゴミを見るような目で見ていた。
一方で、白川瞳のような才色兼備な美少女に対しては、ふとした瞬間に、獲物を狙うような気持ち悪い目で眺めていた事もあった。
あたしは海野洋を早くから食わせ者と判断し、同じクラスになった当初からずっと警戒していた。誠実で優しく見える人柄は、陰湿でどす黒い性質を覆い隠すための、自然に身につけた仕草のようなものだろう。
そして海野洋は傍から見てもわかるくらいに、白川瞳に熱を上げていた。
面白いものが見れるかも知れない――。あたしはクラス内で白川瞳へのいじめが常態化し始めた頃、海野洋がどういった行動に出るのか、密かに注目していた。
他の男子たちが見て見ぬふりをする中、普段から真面目で心優しい仮面を被っている海野洋は決断を迫られていた。リスクとリターンを秤にかけて、思い悩む様子が手に取るように分かった。
ここで皆にいじめをやめるように諫めれば、自分の立場も守れるし、あわよくば正義の味方として白川瞳の好意を得られる可能性もある。だけど……現実はそれほど甘くない。
あたしの見る限り、クラスメイトたちは海野洋の裏の顔は知らないまでも、偽善的なうさん臭さを感じ取っていた。海野洋もそんなクラスの雰囲気を感じていたのか、結局多勢に無勢と判断し、とばっちりを受けるリスクを回避して、行動を起こさなかった。
あたしは海野洋が度々白川瞳の後をつけていた事を知っている。そのストーカーじみた病的な情熱があるにも拘わらず、彼女をいじめから救おうとしなかった。
海野洋は常に失敗の回避を頭に入れた慎重な性格をしている。白川瞳に告白できないのも、断られるリスクを考えてのことだろう。
すべては自分にとって損か得か。得体の知れない鈴木静と違い、同じヤバい奴でも海野洋の思考回路の方が分かりやすい。
あたしは海野洋の病的な情熱が冷めていない事を祈りつつ、手駒にできるかどうかを判断するため、連絡を取る事にした。
午後九時過ぎ。子どもはそろそろ寝る時間。まぁ最近はもうちょっと遅いかも知れないけど。あたしは黒いジャージの上下に黒いパーカーを羽織って、自転車に乗って夜の町に出掛けた。ここら辺は鄙びた町だから駅前周辺以外は街灯も少なくて、しんと静まり返っている。時折車が行き交うくらいだ。
あたしは事前に木田恵と鈴木静の家を調べていた。二人の行動範囲から遠く離れた電話ボックスの前に自転車を止めた。
扉を開け、周囲を警戒しながら電話機の上にテレホンカード、防犯ブザー、そしていざという時に刺客の顔に浴びせる殺虫スプレーを置いた。
海野洋が電話に出るかどうかは時の運。繋がらなければまた別の方法を考えればいい。あたしは受話器を取り、折り畳んでいたクラスの連絡網を開いて、海野洋の電話番号を声に出して確認しながら数字のボタンを押した。
呼び出し音が鳴る間、息を整えて緊張を解す。言葉に迷いがあると、相手の心に不安や疑いを呼び起こすかも知れない。
あたしは手汗をズボンで拭いながら、頭の中で海野洋との会話をシミュレーションしていた。




