77 根本遥の独白⑥ 介入
卒業式から数日後。マンションの自転車置き場から通りに出るところで、自転車を押して歩く木田恵と鉢合わせた。
「恵、どこへ行くの?」
「あぁ、遥か。そう言えば住んでるの、このマンションだったっけ? わたしはただブラブラしてただけ。そっちこそどこに?」
木田恵は虚ろな表情で答えた。
「あたしはお菓子を買いに坂の下のドラッグストアへ行くところ。あんた……相当顔色が悪いけど。何かあったの?」
あたしは周囲を警戒し、鈴木静の顔を思い浮かべながら尋ねた。
「別に、何も……」
恵はあたしと並んで自転車を押しながら、ゆっくりと通りを同じ方向に進んで行く。
「嘘をついても無駄よ。鈴木静に何か命令されたんじゃない? あいつとあんたの歪な関係を知ってるのはあたしだけ。それに、あたしの家の前であんたと鉢合わすなんて、今まで一度も無かったわ」
あたしは小さな声で、だけどキツめの口調で念を押した。恵は俯いたまま少し黙り込んだ後、消えそうな声で呟いた。
「事故に見せかけて……殺せって言われた」
一瞬耳を疑った。今、殺せって言った? 本気で?? あたしは自分の命が現実に狙われている事に、戸惑いを隠せなかった。
「鈴木静が冗談を言うタイプじゃないのは分かってる。で、あんたはずっとあたしが外出するのを見張っていたの?」
「うん。朝からずっと……」
「フフフ。それで、どうやってあたしを殺すつもり?」
あたしが問うと、恵はぼうっとした表情のまま、何もかも諦めたような口調で答えた。
「もうすぐ長い下り坂があるから、交差点の直前で遥の自転車の前輪に硬い棒を突っ込むの。スピードに乗った自転車を転倒させて、その弾みで遥は吹っ飛ぶ。そこへ偶然通りがかった車に轢かれて死ぬのよ」
「……そこまでネタバレされたら、さすがのあたしでも死ねないわ」
目の前に長い坂が見え始めた。あたしは歩くペースを少し落として恵に言った。
「あいつの左足はとっくに治ってる。後遺症は嘘よ。それでもあんたは命令に従うつもり?」
「わたしは母さんに、鈴木さんをケガさせた事も黙ってたし、白川さんをいじめていた事も内緒にしてた。家ではずっと優等生の仮面を被ってたの。今更それがバレるくらいなら……死んだ方がマシ」
あたしと恵は立ち止まり、並んで坂の下を眺めた。
「あんたの殺人計画に乗ってあげる。だけどあたしは絶対に死なないから。スピードは調整するし、安全な場所に吹っ飛ぶ。だから、あんたは一回で上手くやりなさいよ」
あたしが自転車に跨り独り言のように言うと、恵も自転車に跨り、息を吸って頷いた。
そして――起こるべくして起こった自転車事故。あたしは鈴木静の意に反して軽傷で済んだ。この時、あたしはまだ鈴木静の殺意に半信半疑で、木田恵に味方するクールなヒロインを演じる余裕があった。
その後、あたしは駅のホームから突き落とされた。タイミングが合っていたらと思うと、震えが止まらない。
それ以降、あたしは鈴木静と木田恵を刺客と見做し、息を潜め、部屋に閉じ籠って日中の外出を控えるようにした。
だけど、泣き寝入りするつもりは毛頭なかった。鈴木静の思い通りにはさせない。あたしはこの【物語】に介入する決心を固めた。
毒を以て毒を制す――。その時あたしの頭に浮かんだのは、学級委員長の海野洋だった。




