76 根本遥の独白⑤ 暗躍
白川瞳への嫌がらせは、いつの間にか当番制のようになっていた。木田恵を含め、アクの強い女子や、その取り巻きたちの間だけだったけど。
最初は眉を顰めていた男子たちも、とばっちりを恐れたのか、しだいに無関心を装うようになっていった。
白川瞳は日々繰り返される陰湿な嫌がらせに、何度も平気な顔をしてやり過ごしていく。
だけどあたしは、白川瞳の表情が怒りから呆れに変わり、少しずつ心を閉ざしていく過程に気づいていた。
移動教室に向かう前の教室で、たまたま木田恵と二人きりになった。あたしは教室のドアを閉めて、木田恵に静かに告げた。
「これ以上いじめ続けても無駄だと思う。もう、白川瞳は完全に感情を遮断してるから」
「……忠告ありがとう。急いで移動しないと。もうすぐチャイムが鳴るわ」
木田恵は無表情を装って教室を出て行った。
鈴木静は自分で負った怪我をネタにして、木田恵を服従させている。生真面目な性格とはいえ、彼女がそれだけで簡単に従うとは思えない。
鈴木静は木田恵の一番の弱点を突いたんだと思う。苦労している母親に心配を掛けたくない。母親に足の後遺症の事を知られたらどうなるか――。あたしはそのやり取りを想像して、空恐ろしくなった。
廊下で鈴木静の呼び出しに応じる木田恵の姿を何度か見かけた。この断続的ないじめに、鈴木静が暗躍しているとしたら――。彼女は一体何を目的に行動を起こしたのか。
耳目を集める美少女への嫉妬? 恨みを持つ吉田先生のクラスを掻き乱すため?
鈴木静はあの面談以降、しばらく学校に来なかった。再び左足を引きずって登校して来た時、以前にも増して存在感が希薄になっていた。
感情に起伏が無く、すべてにおいて内向きな態度。まるで……クラスメイトたちに心を閉ざした白川瞳と同じように――。
左足の怪我を発端として、鈴木静は不自由な生活を強いられた。ようやく傷が癒えてきたと思ったら、仮病の疑いをかけられ、最終的にクラスメイトたちから爪弾きにされた。
そして――味方だと思っていた吉田先生の非情な裏切り……。
今回のいじめも、元を辿れば木田恵の不用意な一言が引き金となった。
木田恵の過ちを責め立て、より一層罪悪感を持たせる。と同時に、苦も無くチヤホヤされる白川瞳への憂さ晴らし。そしてクラスの中を不快ないじめの空気で掻き乱した結果、担任の吉田先生はどういった対応を取るのか――。
鈴木静は木田恵の陰に隠れて、ひっそりとあたしたちのクラスを観察していた。
すべてはあたしの飛躍した思い込みかも知れない。だけど、鈴木静を突き動かしているのは、紛れもなく彼女の心を傷つけた者たちへの憎しみだろう。
吉田先生は明らかにクラスの澱んだ空気に気づいていた。ボコボコに凹んだロッカーの扉。酷い落書きをされた教科書や机。白川瞳の感情を無くした冷たい顔。
吉田先生はそのすべてを避けるように、ずっと目を逸らし続けていた。気づかないフリをして。
鈴木静が何を考え、どういう結果を期待していたのか――あたしには分からない。もしそれが吉田先生への報復だったとしたら、その作戦は失敗に終わった。
吉田先生はその後も、のらりくらりと日々を過ごした。そして表向きは無難に、あたしたちの卒業の日を迎えたのだ。