75 根本遥の独白④ 集団心理
六年生になった。木田恵と桐島努はまた一緒のクラス。日を追うごとに影が薄くなっていった鈴木静は別のクラスに。
クラスが変わっても、木田恵は明らかに鈴木静の影を引きずっていた。だけど持ち前の気配りとリーダーシップを発揮して、早々とクラスの中心人物になっていく。
そして元々同じクラスだったあたしたち三人組に渡辺凛と安藤芹が加わって、実質的にクラスを主導する木田恵のグループが出来上がる。
他のクラスメイトたちが受動的な態度を取る中、一人だけ協調性を欠く人物がいた。それが白川瞳だった。どのグループにも交わろうとせず、休み時間は大概自分の席で文庫本を読んでいた。
同学年のくせに、すでに高校生のような背丈とスタイル。所作の一つ一つが腹が立つほど美しい。彼女を前にすると、周りのクラスメイトたち皆の外見や行動、考え方――すべてが幼く見えた。
六月。ちょうど修学旅行が終わって、クラスにまとまりができ始めた頃、教室内に不穏な空気が流れ始める。孤高の美少女白川瞳を中心に、男子からは好意や憧れの眼差し、女子からは羨望や妬みの感情が入り乱れ、事態は一触即発の様相を呈していた。
事の起こりは、木田恵の発した一言だった。
体育の授業前、ほとんどの女子が教室で着替えの最中だった。先に着替えて教室を出て行った白川瞳を確認し、木田恵が誰に言うでもなく呟いた。
「白川さんって、ちょっとお高くとまってない? 確かにスラっとしてて、美人なんだけど」
ざわついていた教室が一瞬静まり返り、その後すぐ、誰彼構わず口々に悪態を吐き始めた。
「わたしもそう思う!」
「全然協力的じゃないしね!」
「あの、人を突き放したようなクールな態度、ムカつくわー」
そして、普段は優等生ぶっている林亜弓が、腹黒い笑みを浮かべて提案した。
「その御丁寧に畳んである洋服を、ゴミ箱の中に捨ててみるのはどう? それを見て、お高くとまったあの子がどんな顔をするのか――ちょっと楽しみじゃない?」
皆は高揚した表情を浮かべて同調した。
クラスの和を乱す異分子に制裁を下す。その正義のためには、卑劣な嫌がらせも厭わない。
あたしは集団心理の怖さを垣間見た気がした。
皆は誰が洋服をゴミ箱に捨てるか、ジャンケンを始めた。もうすぐ授業開始のチャイムが鳴りそうだ。あたしはチラリと木田恵の表情を窺った。視線に気づいた彼女は帽子で顔を隠し、そのまま教室を出て行った。
体育の授業が終わった後、女子は教室の中で着替え、男子は廊下で着替える。女子は早めに教室へ戻り、できるだけ男子を待たせないように着替え終わるのが決まりだった。
クラスメイトの女子たちは、何食わぬ顔で教室に戻り、いつも通り着替えを始めた。
ただひとり、机に置いていたはずの洋服が無い白川瞳の表情が一瞬、固まった。つづいて凍りつくような冷たい眼差しを周囲に向けた。
あからさまに動揺する者、顔を背ける者、目を合わさないようにする者――。観察していると面白い。白川瞳にとって、あたしの事は眼中に無いようだ。まぁ、見た目が低学年の幼児にしか見えないから仕方がないけど。
白川瞳は自分のロッカーの扉を開け、洋服が無い事を確認すると、キョロキョロと辺りを見回した。周りからクスクスと笑い声が漏れる。
ようやく隅に置かれた四角いポリバケツに目を止めた。バケツの底に押し込まれ、くしゃくしゃにされた洋服を、じっくり確かめるように取り出した。
ゆっくりと自分の席に戻った白川瞳は、軽く洋服を叩いた後、皺だらけの洋服に着替えた。そして、そのまま何事も無かったかのように、残りの授業を受けた。




