7 足がかり
「両親は朝早く仕事に出掛けたから、気を遣う必要は無いわ。部屋に資料を纏めてあるから、お茶でも飲んで一息ついた後に方針を決めて精査して行きましょう」
白川は先日と同じように缶コーヒーと麦茶を載せたお盆を持って、階段を上った。
小さな円いテーブルの側に小学校六年生時代のアルバムや文集、印刷物や教科書の束が固めて置いてあった。反対側には先日に見た、手紙が入ったブリキの箱と卒業アルバムがあった。
「腰が痛くならないように、一応座椅子を用意したわ。疲れたら休憩を入れるから遠慮なく言って。昼食は正午に。再開は午後一時からでOK?」
白川は向かい合った座椅子に腰を下ろし、早速缶コーヒーを開けて一飲みした。俺は頷いた後、麦茶をグラスに注いでチビリと口に含んだ。
「昨日美術室ですり合わせた通り、足を使ったクラスメイトの安否調査は後回し。当面は、寄せ集めた当時の資料から怪しい人物をあぶり出して、出来るだけ茶封筒の候補者を絞っていく。もう一つは、タイムカプセルの手紙の分析。茶封筒の声明文はもちろんだけど、クラスメイトたちが書いた手紙の中にも、何かのヒントが隠されているかも知れないわ」
「当面の分析のテーマは茶封筒にアタリをつける、って事だな。卒業アルバムには当時の学校職員と六年生3クラス、合計約130人ほどの名前が載っている。他の学年の児童や保護者を合わせると、候補者の数は無限に増えていく。まずは人数を必要最小限に絞らないといけないな」
白川は頷いた後、飲みかけの缶コーヒーをお盆に戻して、テーブルの上にアルバムと資料の束を載せた。
「当たり前だけど、私の一番身近にいた人たちは候補から外せない。すなわちクラスメイトと担任の先生よ。真っ先に標的になりそうな木田恵のグループも、私は外さない方がいいと思う。世の中には愛しさゆえに相手を攻撃する歪んだ愛情もあるから。
先生は亡くなっているけど、茶封筒じゃないという証明にはならない。無駄かも知れないけど、私は当時を思い出しながら、六年生の頃の記録写真をもう一度確かめてみる。気になった写真をピックアップするから、一も後で客観的な目で確認してみて」
「わかった。俺はその間に文集や教科書に目を通す。でもこの教科書、所構わず酷い落書きが散々書かれてる。ほんとに俺が目を通していいのか?」
顔色を窺いながら尋ねると、白川は微笑して答えた。
「過ぎた事だから。何とも思わないと言ったら嘘になるけど、物証として頭を切り替えてみると、俄然やる気が出るわ」
俺は白川のクラスメイトが書いた文集を読み、名前とその人物の印象をメモに書き記していった。作文の書き方で、その人物が真面目か不真面目かはすぐに分かる。また、主体性のある奴か流されやすい奴かも。様々なポイントを表に纏めながら作業を続けていると、じっと俺を眺めている白川に気づいた。
「何か気になる事でも?」
「いえ別に。アルバムのチェックが終わったから、一の様子を見ていただけ。顔に似合わず中々マメな性格をしているようね」
白川は腕を組んで感心した表情で言った。時計を見ると正午前だった。集中すると時が経つのが早い。
「切りのいいところで昼食にしましょう。下に食事を用意しているから温めてくる。少ししたら下に下りて来て」
白川は開いていたアルバムをそのままにして、お盆を抱えて階段を下りて行った。
ふとアルバムの写真に目を向けると、幼くも大人びた白川が、硬く冷たい表情を浮かべて佇んでいた。