69 雨宿り
木田恵の母親は零れ落ちる涙を拭おうともせず、手紙の文字を目で追っていた。
「何が何だか訳が分からないの。わたしは恵の事を気配りが出来て、優しくて、自慢の娘だと思ってた。それが……それが……どうして? 恵はずっとわたしに嘘をついていたの? Sって……Sって一体誰の事?」
取り乱した木田恵の母親を冷静に宥めながら、白川はこれまでの経緯を語った。
小学校六年生の時、木田恵を中心としたグループに卒業まで陰湿な嫌がらせを受けていた事。夏休みの終わり頃に卒業アルバムに目が行き、当時の仕返しを思い立って、タイムカプセルを内緒で掘り起こした事。
そして紛れ込んでいた茶封筒の発見。それをもとに、元クラスメイトたちの安否確認と、茶封筒の差出人を突き止める調査を並行して始めた事。
「これまでの調査で、その手紙に出てくるNは恵さんのグループにいた根本遥、Yは担任の吉田先生に間違いないと思います。二人とも名字の頭文字が一致しているので、Sは恐らくサ行の名字の人物。私も一もSですけど」
「Sの見当はついているの?」
やや落ち着きを取り戻した木田恵の母親が、涙を拭いて尋ねた。
「今のところは、まだ何も」
白川は言葉を濁した。木田恵の母親は少し落ち着いたとは言え、Sに対する憎悪を胸に秘めている事は容易に分かった。白川は、憶測で目星を付けた鈴木静の名前を告げる段階ではないと踏んだようだ。
「調査の参考にするため、恵さんの手紙の画像を記録してもいいですか?」
白川は許可を取った後、卓袱台に手紙を広げてスマートフォンで撮影した。
「何か分かったら必ず報告します。ぐれぐれも早まった事はしないで下さい。きっと恵さんもそう思っているはずですから」
木田恵の母親は仏壇をちらりと見た後、大きく深呼吸を二度繰り返した。
「心配しないで。わたしは大丈夫。悪い事をすれば、いつか必ずしっぺ返しを食らうはず。わたしが手を下さなくても、きっとSは地獄に落ちるわ」
緑ハイツを出ると、時刻は正午前だった。黒煙のような厚い雲が日光を遮り、辺りは薄暗く、湿った風が吹き抜けた。
「今にも一雨来そうな気配ね。急いで根本遥の部屋に行きましょう。お弁当を食べてから、変則ダブルヘッダーの開始よ」
白川は根本遥に電話を掛け、訪問の許可を得た。
俺と白川は根本遥とダイニングで昼食を取った後、リビングのテーブルを部屋に持ち込んで、定位置に座った。外は土砂降りの雨で、防音の効いた部屋の中でも激しい雨音が聞こえていた。
「あたしの部屋を雨宿りに使うとは、いい根性してるわね。今日のお弁当も美味しかったから許してあげる。
でも、今日来たのはそれだけじゃないんでしょ? お弁当を三つ持って来たのは、最初から来るつもりだった証拠よ」
根本遥はゲーミングチェアの肘掛けに右手を置いて、きしむ音を響かせ脚を組んだ。
「さっきまで、木田恵の家で彼女のお母さんと会っていたの。そこで彼女の遺書を見つけた。あなたの自転車事故と、ホームでの突き落としの事も書いてあったわ」
「恵が遺書を残していたの? 何て、何て書いてあったの?!」
根本遥はゲーミングチェアから飛び降りて、テーブルの上に身を乗り出した。
「時間はたっぷりあるから、落ち着いて話しましょう。あなたに幾つか確認したい事があるの」
白川は魔法瓶の蓋に熱い紅茶を注ぎ、根本遥の顔にゆらぐ湯気を吹きかけた。




