68 手紙
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わたしは中学生になったら
もっと勉強してがんばろう
と思う。大好きな母さんの
ために早く働きたい。レス
トランのしごとがしたいん
だけど。今の希望を書いた
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木田恵の母親は数秒で読み終える短い文章を何度も読み返し、生前の娘の心を読み取ろうとしているようだ。目に溜めた涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちた。
白川は出されたお茶を静かに口に含み、木田恵の母親の気持ちが落ち着くのを待った。
「ごめんなさい。下手くそな字と手紙を読んだら、あの子の笑顔を思い出しちゃって。もう大分前に、気持ちの整理はついていたはずなのに。そういえば、あなたは恵の事でどうしても確かめたい事があると言っていたわね?」
木田恵の母親は涙を拭って無理に笑顔を作り、白川に言った。
「私たちはその手紙を読ませてもらい、文章の書き方が少し不自然な事に気づきました。文末の『た』から順に、行末の文字を繫げて読んでみて下さい」
「『た』『ん』『ス』『の』『う』『ら』、箪笥の裏?」
木田恵の母親は振り返って奥の引き戸を見た。すぐに言葉の意味を理解したようだ。
「文字の羅列は偶然出来たものかも知れません。でも、念のために確かめたいんです。恵さんが生前に残したものが、まだ何か残っているかも知れないから」
木田恵の母親は引き戸を開けた。記憶通り、すぐ右の壁際に、大きめの衣裳箪笥があった。下部は三段の引き出し、上部は観音開きのハンガータイプになっていた。
「この箪笥は重くて、買った時から一度も動かした事がないの。裏は掃除した事も無いから、結構埃が溜まっているのかも……」
木田恵の母親は苦笑いを浮かべた。
「箪笥を前にずらして、壁際を確かめてもいいですか?」
白川が確認すると、木田恵の母親は息を呑んで頷いた。
白川が倒れないように表から扉と引き出しを支え、俺が箪笥と壁の隙間に両手を入れて少しずつ引き出す。重みで床に敷かれた絨毯が付いてきたが、踵で押さえ、台輪を滑らせて斜め前に押し出していった。
片膝をつくと、綿埃が舞う薄暗い絨毯の上に蛍光灯の光が差した。壁際に、もたれかかるようにピンク色の封筒が残されていた。
箪笥の裏の埃を掃除機で吸い取り元に戻した後、三人は再び卓袱台を囲んだ。木田恵の母親の前には、うたた寝するパンダがプリントされたピンク色の封筒が置かれている。
「開けてもいいかしら?」
木田恵の母親は白川と俺に目を合わせ確認した。封筒を開くと、中には木田恵なりに丁寧な筆致で書かれた、二枚の便せんが入っていた。
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わたしはこの手紙を書くかどうか迷った。わたしがこの世を去った後、きっと母さんがこの手紙を見つけて悲しむだろうと思うから。
でも、わたしが悪い子になったのは仕方がない理由があった。そのことを母さんにも、みんなにも知ってもらいたかった。
わたしはSの命令に逆らうことができず、取り返しのつかないことをいくつもやった。
クラスメイトに対するしつこいイジメ。
自転車でNさんにケガをさせたこと。
今考えると、この時点で勇気を出してやめておけばよかった。
Sの要求はエスカレートして、Nさんを事故に見せかけてホームから突き落とせと命令された。
ある日絶好の機会がおとずれて、この日を逃すと後がないと思った。わたしは気配を消して、誰かに押されたようなフリをして、混雑にまぎれてNさんの背中を押した。
Nさんは線路に落ちた。だけどわたしは電車の到着を見はからって押したから、周りの人の助けもあって無事だった。こんな思いは二度としたくない。そう思っていたら、今度はYを、タイミングを合わせてやれと言ってきた。
わたしはSを道づれにして旅立つことにした。
今さらだけど、取り返しがつかないけど、あやまります。ごめんなさい。
そして母さん、今までありがとう。
平成三十一年三月 木田恵
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