66 メッセージ
俺はテーブルの上にブリキの箱を載せ、蓋を開けた。中には様々な色の封筒と、古ぼけたお菓子やキーホルダーが入っていた。
俺の考えを悟った白川が口を開く。
「木田さんが処分せずに残していたもの。それがタイムカプセルの中にあったわね」
「俺は二度、木田恵の手紙に目を通した。指紋採取の時と、筆跡鑑定の時。木田恵の手紙の文章に、漠然と違和感を感じていたんだ。でも意識は指紋採取と筆跡鑑定に偏っていて、内容は頭に入っていなかった。
木田恵の残した手紙の中に、何か茶封筒に繋がるようなヒントが隠されているかも知れない。ダメ元で、もう一度読んでみないか?」
俺と白川は束にした封筒を二等分して、木田恵の手紙を手分けして探した。
「見つけたわ」
白川は寝起きのパンダがプリントされたピンク色の封筒を抜き取り、他の封筒を箱に戻した。封筒の表には『二十歳のわたしへ-木田恵-』と、お世辞にもきれいとは言えない癖のある文字で書かれていた。
白川は俺と目を合わせた後、封筒から手紙を取り出し、テーブルの上に広げた。
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わたしは中学生になったら
もっと勉強してがんばろう
と思う。大好きな母さんの
ために早く働きたい。レス
トランのしごとがしたいん
だけど。今の希望を書いた
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俺と白川は、木田恵の手紙をしばらく無言で見つめた。便せんの中央に、小さく密集した文章が並んでいた。
「違和感を感じたのは、他の手紙と違って字下げが無いのと、後半の文章がやけにぎこちないところだ」
「普通に書けば二、三行で書ける文章を、きっちり十二文字×六行に収めて書いてる。何か書式に縛りがあるのよ。最後の文章に句点が無いのも、その縛りを守るために仕方がなかったのかも」
白川は文末の『た』の文字に指を当て、俺と目を合わせた。
「よくあるのは【あいうえお作文】だけど。行の頭の文字を順番に繫げる言葉遊び」
「私は木田さんが意図的に文字を並べたと思う。不自然な改行と、ぎこちない文章がその証拠よ。『しごと』も数合わせのために平仮名じゃないとダメだったんだと思う」
白川は文末の『た』から順に指を当てながら、行末の文字を繫げて読み上げた。
「『た』『ん』『ス』『の』『う』『ら』」
「タンスの裏……確か居間の奥の鏡台のある部屋には、大きめの衣裳箪笥があったような……」
俺は木田恵の弔問に行った時の事を思い浮かべながら言った。
白川は木田恵の手紙を封筒に入れ、学生鞄の中に仕舞った。
「木田さんのお母さんに連絡を取ってみる。アルバムを返すついでに、衣裳箪笥の裏を見せてもらうつもりよ。当然一は私に付き合ってくれるわよね?」
木田恵の母親と連絡を取った白川は、翌々日の土曜日、午前十時に訪問の許可を得た。
これまでの調査は憶測に頼っていて、不確かな部分がまだまだ多い。だが白川は衣裳箪笥の裏を確認した後、差し障りのない範囲で、木田恵の母親にこれまでの状況を話すつもりだ。
木田恵の母親は自分の娘が白川を、卒業までずっといじめ続けていた事を知らないようだった。あの穏やかそうな母親がその事実を知り、衝撃を受ける姿を思い浮かべると、暗い気持ちになった。しかしその事実と木田恵の転落死には、きっと深い結び付きがある。
俺は木田恵が手紙に残したメッセージに一縷の望みを抱きながら、土曜日までの落ち着かない日々を過ごした。




