65 アルバム
「正直言って、根本遥の心を読むのは難しい。強いて言えば、瞳が鈴木静の関与を仄めかした後、彼女の対応に少し変化があった気がする」
「具体的には?」
「根本遥はそれまでと違い、瞳の推理に対して茶化すように反論しなかった。そして言葉を濁して、自分から話を打ち切ったようにも感じた」
俺の印象を聞いた白川は、紙コップに淹れた紅茶を口に含み、椅子の背もたれに体をあずけて腕を組んだ。
「鈴木静の事をそれ以上追及してほしくなかったと考えて、OK?」
「理由は分からないけど、鈴木静にも根本遥にも、何か隠し事がありそうだな」
熱いインスタントコーヒーに息を吹きかけ啜りながら白川を見ると、ダンボールの中から卒業アルバムと、木田恵の母親から預かったアルバムをテーブルの上に並べて置いた。
「根本遥の事は一先ず棚上げにしましょう。木田恵と、鈴木静を含む元五年一組のクラスメイトについて、昨日の夜、私なりに考察してみたの。話を聞いてくれる?」
俺が頷くと、白川は卒業アルバムの鈴木静の姿が写ったページを開いて見せた。他にも集合写真の何人かの顔の側には、名前を記入した小さな付箋が貼ってあった。
「木田恵のアルバムには、元五年一組のクラスメイトと一緒に写っているプライベートな写真は一つも無かった。だけど、活発で明るくて無邪気な笑顔を浮かべていた表情が、ある時期を境に、萎んでいくように消えていったわ」
白川は木田恵のアルバムを俺の目の前で広げ、順々にページを捲っていく。
生まれて間もない頃から年代順に、整然とスナップ写真が並べられ、写真の右下には撮影日時がデジタル文字で焼き付けられていた。
木田恵が小学校低学年の頃の写真には、男女複数の友だちに囲まれて、楽しそうな笑顔をこちらに向けていた。
小学校五年生の五月の中頃、林間学校でカレーを食べながら燥いでいる写真を最後に、木田恵の表情に陰りが見え始め、笑顔はぎこちなく変わっていった。
白川は林間学校の写真の日付を指差して、俺と目を合わせた。
「私の記憶に間違いがなければ、松葉杖で登校して来た大人しい女の子を見かけたのは、林間学校から帰って来たその後だった。木田さんから笑顔が消えていく時期とも一致するわ。もちろん都合の良い解釈かも知れないけれど」
俺は木田恵のアルバムのページを捲っていった。本人が写真に写る事を拒んだのか、後にいくにつれ写真の数が減っていく。
最後の写真に写った木田恵は【卒業証書授与式】と掲げられた小学校の校門の前で、母親と一緒に賞状筒と花束を持って、ぎこちない笑顔を浮かべていた。
「私は鈴木静が茶封筒だと目星を付けたわ。彼女はこれまで以上にクロに近い気がする。だけど……何だか胸騒ぎと言うか、上手く言えないけど嫌な予感がするの。しっかりと足場を固めるまで近づかない方がいいと思う」
白川は木田恵のアルバムを端に寄せ、再び卒業アルバムのページを開いた。
鈴木静は集合写真の最前列右端に、前髪で両目を隠し、感情の読めない表情を浮かべて座っていた。小グループに分かれて撮ったスナップ写真には、撮影日に欠席していたのか、どのグループにも写っていなかった。
「木田さんが何か一つでも、手掛かりを残してくれていたら良かったんだけど……」
白川は溜め息をついた後、残りの紅茶をゴクリと飲み干した。
白川の呟きを聞いた途端、心に引っ掛かっていた光景が、頭の中に朧げ浮かんだ。
「それだ!」
俺は急いでダンボールの中から、くすんだブリキの箱を取り出した。




