64 贖罪
根本遥はアルバムに写った顔と名前を見つめたまま押し黙った。白川は返答を待たずに話を続けた。
「鈴木静。私は同じクラスになった事が無いし、廊下で何度か見かけた事があるくらい。大人しくて、目立たなくて、正直名前は知らなかったし、顔を見てもしばらく思い出せなかった」
白川は卒業アルバムをテーブルの上に置き、再び絨毯に腰を下ろした。根本遥は無言のまま、白川の様子を目で追った。
「ある日その子、鈴木静が松葉杖で登校して来たの。右足だったか左足だったか覚えていないけど、片足にギプスを巻いていたわ。
何日か経ってギプスが取れて、松葉杖をして来なくなった。何気無く見ていた私は、順調に治ってきているんだな、とその時は他人事ながらも思ってた。……だけど結局、彼女は卒業式の日も足を引きずったまま学校に来ていたわ」
白川は根本遥と再び視線を合わせた。
「あんたの考えてる事は大体予想がつくけど一応聞いておくわ。鈴木静の足の怪我と恵との間に、一体どんな関係があると言うの?」
根本遥はパソコン机に置いていたパインジュースをつかみ、ゴクリと飲んだ。
「木田恵の過失で鈴木静が足に傷を負った。そして彼女に足を引きずる後遺症が残った。それを切っ掛けに、鈴木静が木田恵に贖罪を求めて――徐々に主従関係が成立していった。そう考えるのは都合が良過ぎるかしら?」
「フフフ。あんたのご想像通りかもね。だけど、あたしは自分の身に降りかかって来た事はさておき、他人の事を憶測で決めつけたくはないの。鈴木静が茶封筒かどうかは、決定的な証拠が無い限り判断出来ないわ」
根本遥は僅かに残っていた缶ジュースを啜り、話を締めるように音を鳴らして机に置いた。
「その子の事、庇ってる訳じゃないわよね? ……ダメ元で訊くけど、五年一組の頃の資料とか、鈴木静に関して情報を持ってない?」
立ち上がった白川は卒業アルバムを資料の入ったダンボールに入れ、根本遥に念を押すように尋ねた。
「残念だけど、一人暮らしを始める時に余計な物は処分したわ。一応、卒業証書とアルバムは残しているけどね」
根本遥はゲーミングチェアの背もたれを倒して寛ぐ態勢に入った。
「帰りに空き缶を捨ててきてあげる。見送りはいいけど、早めにドアを施錠した方が身のためよ」
白川は根本遥からパインジュースの空き缶を受け取った。俺はダンボールの蓋を閉じて、両手で抱えた。紙袋に纏まるほどの量だから、さほど重くはなかった。
「戸締まりしなきゃいけないから見送るわ。また会える?」
根本遥は俺が飲んだオレンジジュースの空き缶を白川に渡して言った。
「何かあったら、また連絡するわ。あなたも気づいた事があったら、いつでも電話してね」
白川は優しい笑顔を浮かべて言った。
翌日、木曜日の放課後。俺と白川は自習同好会の教室で、窓辺のテーブルを挟み、向かい合っていた。十二月に入ると期末考査対策をしなければならない。
白川は月末までの残り一週間を有効に使うべく、小学校時代の資料の入ったダンボールを教室に持ち込んでいた。中には木田恵の母親から預かったアルバムも入っていた。
「鈴木静が茶封筒じゃないかと私が写真を見せた時、根本遥は一瞬黙り込んだ。その反応を、一はどう解釈する?」
白川は生協の一口チョコレートを口に放り込み、フィルムを捻じって俺に手渡した。




