63 違和感
「一応、筋は通ってるようね。憶測の域を出ないけど」
根本遥は背もたれを少し倒し、両腕を肘掛けに置いて脚を組んだ。
「根本さん、あなたは他人と関わるのが好きじゃないと言った。だけどあえて訊くわ。あなたが小学校五年生の時、クラスメイトの中に、木田恵と不審な関係がありそうな人はいなかった?」
白川は冷ましたコーヒーを一気に飲み込んで、根本遥を見据えた。
「……あたしに犯人当てをしろって言うの? 隠れるのが得意な茶封筒なら、外から見て気づかれるようなヘマはしないんじゃない?」
根本遥は憮然とした表情を浮かべ、溜め息を吐いた。
「あなたと木田さんは学校でそれほど深い付き合いは無かったと言っていたけど、学外ではどうだったの?」
「小学校五年生の時、初めて同じクラスになって、恵はあたしの絵を褒めてくれた。それが友だちになった切っ掛けよ。
あたしは乗り気になって、イラストの知識や技術を磨いて、ネットやコンクールにも作品を投稿するようになった。そういう意味では今でも感謝しているわ。
でも、恵もあたしも好き好んで自分の事を話すようなタイプじゃなかった。自転車事故の時も、ばったり出先で会っただけ。向こうからしたら、偶然じゃなかったのかも知れないけどね」
根本遥は空の缶を手に持って、俺の方をちらりと見た。
「資源ゴミのゴミ箱に入れてこようか? おかわりはまたグレープ?」
先回りして言うと、根本遥は表情を緩めて空き缶を俺に渡した。
「今日はパインの気分なの。あんたと白川さんも飲んでいいけど、グレープ以外の一本ずつにしてよ」
「私はピーチで」
白川がぼそりと俺に言った。
空き缶をダイニングのゴミ箱に捨て、冷蔵庫から果汁100%のジュースを三本抱えて部屋に戻ると、白川と根本遥が向かい合って、テーブルに広げた卒業アルバムを前に話し合っていた。
「元五年一組にいた人たちを根本さんに訊いて、顔と名前を確認しているところよ。六年生の頃は心を閉ざしていたけど、私も六年間この小学校に在籍していたわ。五年一組にいた人の顔と名前を確認すれば、あの頃の日常のどこかに何かヒントになるような、いつもと違った些細な変化や違和感を思い出すかも知れない……」
俺は白川にピーチ、根本遥にパインのジュースを手渡し、酸味が効いたオレンジジュースをちびちびと味わいながら、二人の様子を見守った。
白川は根本遥の記憶を頼りに、三十名の顔と名前を確認し、名前を書いた付箋を児童の顔の側に貼っていった。根本遥は再びゲーミングチェアに腰を下ろして、パインジュースの缶を開け、啜るようにチビチビと口に含んだ。
白川は三クラスの集合写真を繰り返し眺めながら、指を当てて目を瞑り、記憶を辿って思考を巡らせていた。根本遥は一仕事終えたような表情で、時折ジュースを味わいながら、白川の様子をぼんやりと眺めていた。
さほど時間は掛からなかった。白川はアルバムのページを開いたままピーチジュースの缶を振り、プルトップを開けて一気に喉に流し込んだ。眺めていた根本遥の表情が僅かに曇った。
「私が五年生の頃、学校でいつもと違う変化があった。今それを思い出したの。……根本さん。あなたはこの人物の、ある変化に気づいていたはず。茶封筒は無関係を装う事が出来ても、弱みを握られている木田恵は不安な気持ちが普段の態度や表情に現れる。そう簡単に隠し切れないものよ。
この人物と木田恵の様子を近くで見ていたあなたなら、この人物が茶封筒かそうでないか見当がつくはず。当時の記憶を思い起こして、あなたの率直な意見を聞かせてほしい」
白川はアルバムに写った人物の顔を指差して、根本遥の目の前に差し出した。




