62 一対一で
白川はリュックサックから魔法瓶を取り出して、熱いコーヒーを蓋に注いだ。ゆらぐ湯気を根本遥に浴びせるように吹きかけた後、ゴクリと喉を潤した。
「吉田先生を混雑に乗じて突き落としたのは、死亡した桐島努か海野洋だと私は考えてる。後の放火の件を踏まえると、弱みを握って逆らえないようにしていたのは木田恵だけではないと考える方が自然じゃない?」
白川は根本遥をじっと見つめたまま話を続けた。
「茶封筒は従順な駒を操って、自分は高みの見物って訳ね」
根本遥は薄笑いを浮かべて腕を組んだ。
「標的の吉田先生が亡くなり、思惑通り事故として処理され、茶封筒の目的は一先ず達成された。それからしばらく静かな時間が過ぎて……三年後、桐島努の水死体が発見されたわ。茶封筒が再び動き出したのよ」
「何か、切っ掛けがあったわけ?」
根本遥の問い掛けに、白川は落ち着いた口調で答えた。
「桐島努は木田恵と仲が良かったと聞いているわ。まるで子分のようだったって。私は茶封筒が桐島努に殺意を抱いた動機を幾つか考えてみたの。
動機その一。木田恵を学校の屋上から突き落としたのが茶封筒だとバレたから。
動機その二。桐島努も茶封筒に弱みを握られていた。でも木田恵と同じように、命令に逆らった。そして口封じのために殺された。
動機その三。桐島努は小学校五年生の時、茶封筒や木田恵と同じクラスだった。二人の歪な関係を知られている可能性があった。勘ぐられる前に、不安の芽を摘み取っておきたかった。……そんな所かしら」
「動機その四。いじめの報復に説得力を持たせるためには、まだ人数が足りなかった。数合わせのために、いじめグループの一人を殺した。っていうのはどう?」
根本遥はフフフと笑い、自分のアイデアを付け足した。
「話を先に進めましょう。その後、渡辺凛の家が全焼した。本人からまだ連絡が無いから怪我の程度は分からないけど、スマホが焼失して、どこかの病院に入院しているのかも知れない。いじめの報復なら、命は落としていないけど私は十分だと思う。
まだ断定は出来ないけど、報道では元学級委員長の海野洋が放火した可能性が高い。彼はその日の晩に失踪し、数日後に農家の古井戸の底で死体となって発見された。死因は窒息だけど、木田恵と同じように、転落して死亡してる。これは果たして偶然の一致なのかしら?」
白川は根本遥に挑むように問い掛けた。
「恵も海野洋も殺し方は同じ。そして、誰かにやらせた訳じゃなく、直接茶封筒本人が足を運んで、相手を一対一で殺った。自殺に見えるような殺り方で。あんたはそう考えているのね?」
根本遥も白川の気迫に臆する事なく問い返した。
「その通りよ」
「だけど致命的な疑問があるわ。恵は学校の屋上、海野洋は農家の古井戸。どちらも暗い時分に人気が無くて、極めて危険な場所よ。二人とも、そんな殺されそうな場所に呼び出されて、のこのこやって来るわけがないじゃない!」
根本遥は空になったグレープジュースを名残惜しそうに啜った。
呆れた表情を浮かべる根本遥を見つめたまま、白川は静かに言葉を続けた。
「私は逆だと思う。呼び出したのは木田恵と海野洋のほう。二人とも茶封筒の要求に耐え兼ねて、人知れず葬ろうとしたのよ。だけど、用意周到な茶封筒に返り討ちにされた。現場に茶封筒の痕跡が一切残っていない事が、逆に怪しいわ」




