61 瞳の推理
昼食を終え、根本遥は俺と白川を自室に招いた。先日と同じようにリビングのテーブルを部屋に持ち込んで、俺と白川は絨毯に座り、根本遥は壁際のゲーミングチェアに深々と腰を下ろした。
「あんたが送ってきたタイムカプセルや資料の数々を興味深く見せてもらった。たった三年ほど前の事だけど、見ているうちに何だか懐かしく感じたわ」
根本遥はオットマンを引き出して、両足をぴんと伸ばした。
「何か気になった事はある?」
白川が問うと、根本遥は背もたれを倒して天井を見つめた。
「クラスメイトの文集やタイムカプセルの中にあった手紙は面白く読ませてもらったわ。優等生を気取ってる奴、仮面を被っているけど実は腹黒そうな奴、単純に文章が下手くそな奴とか、色々いたわね。だけど元々あたしは他人と関わるのが好きじゃないの。この中の誰かが茶封筒じゃないかと言われても、判断のしようがないわ」
「あなたは小学校五年生の時も、担任は吉田先生だったそうね? あなたから見て、吉田先生はどんな先生だったの?」
天井を向いたままの根本遥から視線を外さず白川は尋ねた。
「吉田先生? 一言で言うと、放任主義かな。あたしにとっては都合のいい担任だったわ。行事も宿題も真面に取り組まなかったけど、とやかく言われなかったしね」
根本遥はフフフと狡賢く笑った。
「私の考えを聞いてくれる? その後で、ぜひ根本さんの頭脳明晰な意見を聞きたいの」
白川が名探偵に縋るような口調で言うと、根本遥は背もたれを戻し、得意顔で話を聞く態勢に入った。
白川はテーブルに両肘を立て、両手を口元で組んだ。しっかりと根本遥を見据えて、丁寧に語り始めた。
「私が一連の事件に首を突っ込んだ切っ掛けは、改めて言うまでもないけど、タイムカプセルの中に紛れ込んでいた茶封筒を発見した事。中に入っていた手紙には、いじめグループと、見て見ぬふりをしていたクラスメイトたちへの報復を仄めかした文章が綴られていた。
私は悲劇のヒロインを自認して、常識外れの正義の味方の報復を止めるため、調べを進めてきたわ。そして、集めた情報の断片を繫げていくうちに、茶封筒の描いた筋書きが見えてきたの。ここからは私の憶測だから話半分で聞いてくれる?」
白川が確認すると、根本遥は前屈みのまま、真剣な表情で頷いた。
「茶封筒の本命の標的は吉田先生だった。当初は殺意を持つまで至らなかったのかも知れない。茶封筒の知り合いで命令に逆らえない木田恵を使って、私へのいじめを継続的にやらせ、吉田先生が受け持つクラスを混乱させようとした。
結果、茶封筒の思うような成果が得られず、卒業の日を迎えてしまう。
そして……経緯はともかく、茶封筒は吉田先生の殺害を決意し、木田恵を使いタイムカプセルに声明文を紛れ込ませた。いじめ問題を全面に押し出して、自分は安全な場所に姿を隠すために」
「茶封筒は六年二組のクラスメイトじゃないって事?」
根本遥が確認すると、白川は無言で頷いた。
「茶封筒は声明文を形に残すため、木田恵を使い報復を実行し始めた。手始めにあなたを狙った。自転車の事故は殺意の有無が分からないけど、ホームからの突き落としは、あなたが死んでいてもおかしくはない。吉田先生を突き落とす予行演習として、木田恵が実行したのかも」
「でもその後、吉田先生が轢死する前に、恵は学校の屋上から転落死した。あんたが言おうとしている事はあらかた見当がつくけど、一応言ってみて」
根本遥はパソコン机に置いていたグレープジュースを開け、ちびりと啜った。
「木田さんは初めて茶封筒に逆らった。そして、口封じをされたのよ」




