60 再訪問
勤労感謝の日。俺は午前九時に白川の家に迎えに行き、二人で電車を乗り継いで、十一時過ぎには根本遥の住むマンション前に到着した。
白川は前回と同じストレッチ生地のジャージに薄手のダウンジャケット。リュックサックの中には三人分の弁当箱を詰め込んで来た。首に下げたスマートフォンを操作して、四階の窓に目を移した。
「白川よ。マンションの前に着いたわ。今からそっちへ向かってもOK?」
『前と同じ。インターホンを鳴らしたら鍵を開けるから、すぐに入って施錠する事。わかった?』
遮光カーテンの隙間から、黒い双眼鏡を覗いて見下ろす根本遥の姿が見えた。白川は通話を切って俺と目を合わせた。
「前もって話し合った通り、根本遥が茶封筒だという可能性はまだ捨て切れない。今回は少し打ち解けた振りをして、相手の警戒心を緩めるの。一は気づかれないように、彼女の言動に不自然な点がないか、目を光らせていて。
もし彼女が茶封筒なら、当然こちらがどこまで調べているか気になるだろうし、正体がバレないように、言葉巧みに躱してくるかも知れない」
「わかった。瞳も油断しないでほしい。根本遥は幼く見えるけど内面は窺い知れない。彼女が茶封筒なら、邪魔者と見なせば容赦なく消しに掛かるだろう」
俺と白川は無言で頷いた。
白川を先頭に通りを横断し、不動産屋とコンビニに挟まれた、ベイシス・ワンのエントランスドアを開けた。
白川はリュックサックを腹に持ち替え、ゆっくりと階段を上って行く。チンピラに襲われ苦い思いをした俺は、用心のため防犯ブザーを携帯する事にした。白川や俺に危険が迫った時、これを鳴らせば一時しのぎにはなるはずだ。
最上階まで上り切った白川は、息を整えレンズ付きのインターホンを押した。ドキッとするような大きな呼び出し音が鳴る。たじろいだ白川を俺は後ろから支えた。
『どうぞ。鍵を閉めるのを忘れないで』
玄関ドアの鍵が開いて、スピーカーから囁くような声が聞こえた。
白川に続いて入室した俺は、ドアを閉めてサムターン錠を回した。
「根本さん。入るわよ?」
白川は磨りガラスの扉に向かって言った。
「どうぞ。今日もあんたの手作り弁当を楽しみにしていたのよ。早く食べさせて」
前回と同様、ダイニングテーブルにちょこんと座った根本遥の向かいに、白川と俺は並んで座った。
「これがあなたの弁当よ」
白川は少し大きめの折箱を根本遥の前に差し出した。
「あたしの弁当箱は使い捨て?」
根本遥は不服そうな顔をして言った。
「洗うのが面倒なの。おかずも御飯も、私のよりも多いわ。嫌なら私のわっぱと替えてあげるけど?」
白川が小さなわっぱを取り出すと、根本遥は折箱と割り箸を奪い取り、隠すように引き寄せた。
「遠慮なく食べて。今回も、根本さんの口に合うといいけど」
根本遥は折箱の蓋を開けた。ぱぁっと目を輝かせ、小躍りするように割り箸を割った。
「一も食べて」
白川は無我夢中で弁当に食らいつく根本遥を確認してから、俺に大きめのわっぱを差し出した。
蓋を開けると、まずはしっかりと出汁が浸み込んだ黄金色の肉じゃがが、食欲をそそる香りとともに目に飛び込んできた。
その隣りには深い緑色の瑞々しいホウレン草のお浸し。添えられた少量の鰹節と七味が嬉しい。しっとりとしただし巻き卵に、間違いない味のきんぴらゴボウ。白米の真ん中には大きめの梅干しが埋め込まれ、猛烈に食欲を掻き立てた。
「いただきます!」
俺は無我夢中で弁当に食らいついていた。




