6 すり合わせ
窓の外が薄暗くなっていた。俺は残りの麦茶を飲み干して、床に置いていた鞄を肩に掛けた。
「約束通り調べ物の手伝いはするけど、お互い高校生だからやる事も他に色々とあるだろう? 今日は気持ちの整理もあるから、後日改めて作戦を練らないか?」
「OK。早速、連絡先を交換しましょう。あなたの事、一って呼んでいい? 佐藤はありきたりだから」
白川は恥ずかしげも無く真顔で言った。俺は一瞬ドキッとしたが、ゆっくりと息を吐いて心を整えた。
「俺は白川でいいか?」
「平等に瞳でどう? もちろん学校ではこれまで通りよ。変な噂を立てられるのは面倒だから」
玄関で見送る白川に軽く手を挙げ、白川家を後にした。街灯が灯り始めた住宅街を抜けて伊波駅へと向かう。
大した起伏も無かったこれまでの人生に、矢継ぎ早に転換期が訪れた気がした。
翌日の昼休み。俺は教室から出て行く白川を横目で見送り、間を空けて美術室へ向かった。昨日の行動を再現するかのように、俺と白川は向かい合わせに座った。
掛け時計の時刻を確認し、白川が口を開いた。
「早速だけど、例の件をどう進めていくか、一の意見を聞きたい」
自分の名前をまるで幼馴染のように呼ばれ、心臓が跳ね上がった。動揺を気づかれないように、俺はズボンの後ろポケットに顔を向け、纏めてきたメモを取り出した。
「まず、クラスメイトたちの安否調査は後回しにした方がいいと思う。ほとんどが最寄りの高校に進学して自宅通学だろうから、ここからは少し遠い。ちゃんと計画を立てて要領よく調査をしないと、金と時間と体力を無駄に浪費する事になる」
俺はメモ帳に視線を合わせたまま、心を落ち着かせて言った。
「確かにそうね。対象を纏めてから、休みの日に一日かけて調査する方が効率がいい。それに、茶封筒に見つかる可能性も、無きにしも非ず。現地調査は危険が伴なうから、しばらくは部屋で捜査資料の分析と推理、つまり安楽椅子探偵に徹しましょう」
「茶封筒って?」
「茶封筒の差出人の事。私たちの隠語よ。これで差し当ってやるべき事は決まった。あとは流れに身を任せて進めて行きましょう」
すり合わせが終わると同時に、昼休み終了の予鈴が鳴った。
「明日は土曜日。帰宅部の一は一日中空いているはずよね? 午前十時に私の家に集合、夕方までは部屋に缶詰めよ。昼食は用意しなくていいわ。OK?」
「わかった……瞳」
照れを隠して返事をすると、白川は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに扉を開けて廊下の左右を確認し、そそくさと美術室を出て行った。
翌日。俺は少しはマシと思えるような、よそ行きの服を着て家を出た。随分と早い時刻に伊波駅に着いたので、自動販売機で缶コーヒーを買って駅前の花壇の縁に座ってしばらく時間をつぶした。
一昨日の道のりを思い出して、待ち合わせ時刻のちょうど五分前に白川家に辿り着くように歩みを調整する。
何度も時計を確認しながら休み休み歩いて行くと、同じような形の色が違う建売住宅が見えてきた。四角い白壁住宅の二階に目を移すと、小さな窓のカーテンの隙間から俺の到着を確認した白川の姿が見えた。
ドアホンのボタンを押す前に玄関のドアが開き、ラフな部屋着姿の白川が俺を出迎えた。