58 夕焼け
俺は何とか息を吸い込み、筋肉質の男の右足首にしがみつく。白川は道を塞ぐもう一人の男の顔に肘鉄を食らわせた。男は鼻血を出して呻き声を上げた。
「鬱陶しいんだよ!」
筋肉質の男は俺の手を振り払い、左足で脇腹を蹴る。寸前に息を止め、僅かに体を背中に逸らした。痛みはあったが、さっきよりも小さかった。
「先に殴ったのはあなたよ、私のは正当防衛よね?」
俺に止めの蹴りを食らわそうとしていた男に白川は言った。
振り返った男は指の関節を鳴らして、白川を見据えた。
「フフフ。そんな華奢な体で俺に歯向かうつもりか? 後でたっぷりお仕置きしないとなぁ」
男は白川の鳩尾を狙い、素早く拳を突き出す。白川は身を躱してショルダーバッグを振り回し、男の目頭にぶつけた。
「め、目が!」
両手で目を押さえる男の股間に、白川は鋭い蹴りを入れた。男は短い呻き声を上げて地面に蹲った。
「今のうちに大通りに出るわ。お腹は大丈夫?」
白川は俺に肩を貸して立ち上がらせた。
「一人で歩けるから大丈夫。密着されると……その、かえって腹が痛い」
「大通りに出るまでは我慢して。チンピラたちが息を吹き返す前にさっさと行くわよ」
痛みを堪えて白川に引きずられるように大通りに出ると、買い物客や観光客の和やかな姿が見えた。
「頼りにならない相棒でごめん。気まずくて……帰りのバスで一緒に帰るのが辛くなりそうだ」
白川に支えられながら、俺は正直な気持ちを伝えた。
「一が割って入らなくても、相手を躱す自信はあった。でも、急いで助けに来てくれて嬉しかった。だから一が気に病む必要は無いわ」
白川は吐息を感じる距離で優しく微笑んだ。
俺は白川の肩に掛けた腕を外して、心を落ち着かせた。
「わかった。もう大丈夫だから、バスセンターでお土産を選んで、暗くならないうちに家に帰ろう」
「OK。……一つだけ提案してもいい?」
白川はショルダーバッグの肩紐の位置を整えながら言った。
「え? いいけど」
「バスセンターまで手を繫いで帰らない? 一度やってみたかったの」
白川はそう言って、おもむろに左手を差し出した。
「お、おう」
俺は手汗をズボンで拭いて右手を差し出した。白川は手首を回し、指を絡めてしっかりと握った。しっとりと細く冷たい指の感覚が伝わる。軽く握り返すと、白川の顔が僅かに紅潮した。
「なるほどね」
白川は短く呟いた後、手を繫いだまま終始無言でバスセンターまでの道のりを歩いた。
俺はセンター内の土産物屋で鳴門オレンジのチョコがけと玉葱スープ、お菓子の詰め合わせを買った。白川はご当地キーホルダーを吟味して買ったようだ。
帰りのバスは奥から順に席が埋まっていたので、空いていた中央左側の席に、白川を窓際にして並んで座った。他人に聞かれる恐れがあるので、茶封筒に関わる詳しい話はバスの中では出来そうになかった。
「今日は色々あったけど、来た甲斐があったな」
ペットボトルの緑茶を渡すと、白川は礼を言って蓋を開け、早速一口飲んだ。
「確認しないといけない事がまた増えたわ。でも、薄っすらだけど霧が晴れてきたような気がする。明日はゆっくり休んでね。月曜からはまた活動開始よ。OK?」
夕焼けに照らされた明石海峡大橋と白川は、息を呑むほどに綺麗だった。




