57 アクシデント
「まだ話し足りない事もあるけど、率直に話してくれてありがとう。最後に質問してもいいかしら?」
白川はショルダーバッグにメモ帳を仕舞って、安藤芹と目を合わせた。
「どうぞ」
「よく考えて答えてね。茶封筒の差出人は誰だと思う?」
「……わからない。だけど、わたしは吉田先生が謎を解くカギを握っていたと思う」
安藤芹はテーブルに両肘をついて口元で両手を組んだ。
「吉田先生が? どうして?」
「わたしたちが五年生の時、吉田先生は五年一組の担任だった。木田さん、根本さん、桐島君の三人がいたクラスよ。
わたしは今まで白川さんの話を聞いて思ったの。六年二組のクラスメイトの中に木田さんや桐島君と深い付き合いをしていた人はいなかった。白川さんのいじめが始まったのが六年生の一学期だから、茶封筒の差出人が木田さんにいじめの指示を出したとしたら、計画したのはそれ以前。
茶封筒の差出人は五年一組だった児童の中の誰かだと思う。その人物は木田さんが逆らえないような弱みを握っていて、同時に吉田先生に強い恨みを持っていた。そう考えると、辻褄が合うんじゃない?」
「六年生になって担任が代わり、その人物が裏で糸を引く環境が整った。私を出しに使って問題を起こし、吉田先生のクラスを掻き乱したかった……っていう事?」
白川はモケット生地の背もたれに体をあずけ、虚ろな表情を浮かべた。
「白川さんは辛抱強くて、卒業までいじめの問題はクラスの外に周知されなかった。その人物は茶封筒を木田さんに託して、タイムカプセルの中に紛れ込ませたんじゃないかな」
安藤芹はゆっくりと息を吐いて、テーブルに伏せられた伝票クリップを手に取った。
白川と安藤芹は、何かがあった場合はお互いに連絡を取り合う事を約束し、先に二人で店を出て行った。
俺は薄くなったアイスコーヒーを飲み干して、スポーツ紙を畳んだ。しばらくして白川からショートメールが届き、俺は支払いを済ませて店を出た。少し離れた場所で白川が俺の姿を確認し、歩き始める。俺は少し間隔を空けて白川の後姿を追った。
時刻は午後三時半を過ぎたところ。お土産を買いにあちこち回っていると帰りが遅くなる。バスセンターの土産売り場で適当な物を買って帰ろうと考えながら歩いていると、白川の前にいかにも素行が悪そうな二人組が近寄って来た。
「こんな長閑な町に眩い女子発見!」
「お姉さん、俺たちと一緒に遊ばない?」
二人は好色な目つきを白川に向け、道を塞いだ。俺は慌てて白川に追いつき、唐突に二人に言った。
「すみません。急いでバスセンターに戻らないと、帰りのバスに乗り遅れるので!」
突然割って入った俺に、二人は一瞬戸惑ったが、すぐに薄笑いを浮かべて言った。
「フフフ、彼氏さんがいたんだ? だけど君、顔色が悪いよ。大丈夫?」
俺は咄嗟に白川を後ろに隠し、小声で言った。
「足止めしておくから、さっきの喫茶店へ」
痩せ型で筋肉質の男は、いきなり俺の鳩尾に拳を入れた。息が詰まり前屈みに崩れて地面に手をつく。もう一人の男は素早く背後に回り、白川の逃げ場を塞いだ。俺は痛みを堪えて周囲に目を向けた。大型商業施設のある大通りまであと少しだが、この細い道に人影は無かった。
「弱っちい彼氏さんはそこでずっと休んでいてね。女性は強いオスに惹かれるものなのさ」
筋肉質の男は蹲る俺を跨いで、白川の前に立ちはだかった。




