56 静観
白川は冷水を喉に流し込んで長めに息を吐いた。
「強がりかも知れないけれど、その経験があって今の私があるのも確か。次の質問をしてもいい?」
「どうぞ」
「グループのリーダーは木田さんでOK? 普段はどんな様子だった?」
白川が尋ねると、安藤芹は頬杖をついて不意に俺の方を眺めながら考え込んだ。俺はギョッとしたが、自然な動きで視線を落とし、アイスコーヒーを掻き混ぜストローを吸った。
「木田さんは普段は優しくて頼りがいがあった。勉強はそこそこだったけど、わたしたちの事を色々と気遣ってくれていたの。
わたしと凛が前から仲が良くて、一緒に木田さんのグループに入った感じ。木田さん、根本さん、桐島君の三人は、五年生の時同じクラスで、六年生になる前から気の知れた仲間だったの」
「グループで、よく一緒に遊んだの?」
「木田さんは自分の事をほとんど話さなかったし、凛以外の人と学校の外で集まって遊んだ記憶が無いわ。ただ、木田さんのお母さんは片親だけど一生懸命仕事をして、毎月多めの小遣いをくれるって、木田さんが話してた。自慢のお母さんだったみたいね。よくお菓子を学校に持って来て、休み時間に皆で分け合って食べていたわ」
「桐島努についてはどう?」
「男子だけど、幼くて可愛かった印象がある。学校では木田さんと特に仲が良かったみたい。何となくだけど、彼は木田さんの言う事をよく聞く子分のような感じだったわ」
「根本遥についてはどう?」
「彼女は一緒に連んでいたけど、側にいるだけで、わたしたちと積極的に関わろうとはしなかった。絵がすごく上手で、木田さんに褒められたのが友だちになった切っ掛けだと言っていたわ」
「話してくれてありがとう。表面的だけど、少しグループの内情が分かった。木田さんと桐島努に関してだけど、グループ以外の人で他に仲の良さそうな人や気になる人はいなかった?」
「わたしの知る範囲では、六年二組の中にいなかったと思う。さっき話したように、木田さんは一皮剥けば怖い一面があったから。桐島君は、言い方は悪いけど木田さんの金魚の糞よ。学校で他の人と連んでいるところを見た事がなかったわ」
「あなたの印象で構わないから、当時を思い出して話してほしい。吉田先生は当時、いじめに気づいていたの? 私から訴えた事は無いし、向こうから確認するような事も無かったわ」
「気づかない方がおかしいと思う。散々酷い落書きをされた教科書や机、皆に蹴られて凹んだロッカーの扉を今でも覚えてる。
わたしの想像だけど、吉田先生は気づいていたけど何もしなかった。自分のクラスに問題がある事を他の先生に知られたくなかったか。あるいは犯人探しをして、クラスの空気が悪くなるのを避けたかったのか。それとも、大人の力を借りずに子どもたちで問題を解決するよう、わたしたちに促したのか。
茶封筒の差出人は、そんな事なかれ主義の吉田先生を許せなかったのかも」
安藤芹は自分が狙われているかも知れない事を忘れて、茶封筒の肩を持つような発言をした。
「子どもはとっても残酷で、自分の事で精一杯なの。他人の事なんて考えてる余裕は無いわ。そんな面々が集まって話し合ったところで何になるの? 加害者は憎しみを募らせ、被害者は晒し者にされ、加害者の恨みを更に買う羽目になる。
幸い私はそうならずに済んで良かったわ」
白川は再び冷水を呷って、紙ナプキンで口を拭った。




