55 内幕
バターとメープルシロップの甘い香りが漂う中、白川が再び話を切り出した。
「私は当時、自分を守るのに精一杯だった。孤立を深めてからは、自ら厚い壁を作って周りを遮断してた。だから、クラスの皆が何を考えてどう動いていたのか、嫌な事以外はほとんど記憶に残ってないの」
「木田さんが白川さんをいじめの標的にし始めたのは覚えてる。確か一学期の修学旅行が終わった、六月の頭頃だった。だけどその頃、既にクラスの女子のほとんどは、白川さんに悪い印象を持ち始めていたわ」
「……私がお高くとまっていたから?」
白川が溜め息をついて尋ねると、安藤芹はホットケーキとコップの水を順々に飲み込んで答えた。
「それもあったけど、わたしたちのクラスだけじゃなくて他のクラスの男子も、ほとんどが白川さんに大なり小なり熱を上げていたわ。女子は皆、それが気に入らなかったのよ」
「あなたも?」
「誰とは言わないけど、好きだった男の子がずっと白川さんの方ばかり気にしてた。何だかモヤモヤして、しだいに木田さんの命令に従うようになっていったの。白川さんの気持ちを少しも考えないで……」
安藤芹のナイフとフォークを持つ手が止まり、しばらく沈黙が続いた。
「このホットケーキ、焼き具合も絶妙ね。バターとシロップがふわふわの生地に溶け込んで、飲み込まずにずっと味わっていたい感じ。冷めないうちに食べましょう」
白川は安藤芹の気持ちを切り替えさせるように言葉を発した。
「茶封筒の差出人は私の身近にいた人物で、一連の事件に関わっているのは間違いないと思う。手紙の内容もそうだけど、死亡した人は全て私のいた六年二組に関わる人たち。木田さんが嫌々いじめを煽っていたかも知れない痕跡も……間違いなくあるの」
「繰り返しになるけど、白川さんは茶封筒の差出人が木田さんを操って、いじめをやらせたと思っているのね? 一体何のために? やっぱり女の嫉妬なの?」
「今の時点で答えは出せない。ただそれとは別に、犠牲になったと思われる人たち。つまり木田恵、吉田先生、桐島努、海野洋の四人は、茶封筒の差出人にとって――生きていて欲しくない人物だったという事は確かなの。
この四人の当時の様子を出来るだけ思い出してほしい。そこから解決の糸口が見つかるかも知れないから」
白川はホットケーキを食べ終え、ナイフとフォークを揃えて皿に置いた。
「わかった。わたしの思い出せる範囲でよかったら正直に話すわ。でも、吉田先生と海野君についてはよく分からない。同じグループだった木田さんと、よく連んでいた桐島君の事なら話せると思う」
安藤芹は小さく切ったホットケーキにフォークを突き刺し、皿に付いたシロップを拭うように付けた後、ぱくりと口に入れた。
俺は新聞を半分に折り、片手で記事を見る振りをしながらテーブルにメモ帳を広げた。
「木田さんのグループには誰がいて、合計何人いたの?」
白川もショルダーバッグから小さなメモ帳を取り出して、取材記者のようにペンを片手に安藤芹に質問した。
「学校でいつも一緒にいたのは五人。木田さん、わたし、凛、根本さんの四人と桐島君よ。だけど実際白川さんに嫌がらせをしていたのは、わたしたちだけじゃないの。クラスの男子はほとんど加わらなかったけど、女子は白川さんが席を外すと、必ず何人かが悪戯や落書きをやり始めた。木田さんが命令するまでもなくね。
でも、いつまで経っても白川さんは動じなかった。ほとんどの女子は諦めて、見て見ぬふりをするようになったの。わたしたちと、意地になって悪戯を続けている人たちを残してね」
安藤芹は白川と目を合わせる事が出来ないのか、両手でつかんだコップの水を、ただじっと眺めていた。




