54 ジキルとハイド
白川と安藤芹はカフェオレとホットミルクを注文した。俺は温くなりかけたブレンドコーヒーを口に含みながら、二人の様子を確認して耳を傾けた。
「あなたの耳に届いているかどうか分からないけど、今週の火曜日、元学級委員長だった海野洋の死体が発見されたわ」
「あの海野君が? でも彼はわたしたちのグループじゃなかった。どうして……」
「農家の古井戸に転落して、そのまま酸欠で意識を失って窒息したみたい。その後の調べで彼の履いていた靴の底に土が付いていて、渡辺さんの庭の土の成分と一致したらしいわ」
「海野君が凛の家に放火したって事? 動機は何? 訳が分からない」
安藤芹は両手で口を押さえ、声量を下げて言った。
「警察は現場近くの防犯カメラの映像を入手して、放火との関連を慎重に調べているみたい。当局関係者の話だと、古井戸は蓋が開いたままで、死体の発見を遅らせるような作為は見当たらなかった。報道では、自殺か事故の見方で捜査が進んでいるらしいわ」
二人のテーブルにカフェオレとホットミルクが到着した。俺は店員を呼び止め、アイスコーヒーを追加注文した。ストローでちびちび飲んで時間を稼ぐ寸法だ。この際、多少の出費は仕方が無いだろう。
白川はカフェオレを少し口に含んだ後、話を進めた。
「私は海野洋が誰かに命令されて、渡辺さんの家に放火したと考えているの。そして関与がバレる前に消された」
「……だとしたら海野君は相当な馬鹿じゃない? そんな酷い命令を出す相手と一緒に、人気の無い古井戸に殺されに行くのかな?」
安藤芹は白川に尤もらしい疑問をぶつけた。
白川は言葉に詰まり、カフェオレで喉を潤した。
「痛いところを突くわね。とにかく、クラスメイトたちの死が、その誰かによって引き起こされている可能性があるの」
「その誰かが、茶封筒の差出人だと?」
安藤芹は熱そうなホットミルクをゴクリと飲んで、ふうっと息を吐いた。
白川は隣りの席に置いたショルダーバッグから茶封筒のレプリカを取り出して、中の手紙を開いた。
「これが手紙のコピーよ。渡辺さんにも見せたけど、あなたも読んでみて」
俺は空のコーヒーカップ持ち上げ飲む振りをして、安藤芹の様子を横目で観察した。目は心の鏡と言うが、焦げ茶色の虹彩は小刻みに揺れ、驚きと恐怖で怯えているようにも見えた。
俺の注文したアイスコーヒーをお盆に載せ、店員がやって来た。安藤芹は我に返って手紙を畳み、白川に返した。俺はストローの袋を破って一口吸い込んだ後、シロップとミルクを入れて掻き回す。新聞をスポーツ紙に持ち変え、再び顔を隠して聞き耳を立てた。
「私は海野洋と同じように、木田さんも茶封筒の差出人に操られていたと考えているの」
白川は安藤芹の心を落ち着かせるように、穏やかな口調で言った。
「白川さんに対するいじめも、木田さんが操られてやってたって言うの? ……確かに言われてみれば思い当たる節も、あると言えばあるけど……。
木田さんは、白川さんに対しては容赦の無い態度だったけど、クラスの皆には気配りが出来てとにかく優しかった。まるでジキルとハイドよ。怒らせると白川さんのように、いじめの標的にされるんじゃないかと思って、当時は皆、心のどこかで戦々恐々としていたと思う。
六年二組の中で、木田さんを親友と呼べるクラスメイトは、恐らく一人もいなかったんじゃないかな」
安藤芹はホットミルクを飲み干して、写真付きのメニューを手に取った。
「この店のホットケーキは分厚くて、ふわふわで、お手頃価格なの。わたしが奢るから白川さんも一緒に食べてみない?」
白川はゴクリと喉を鳴らして頷いた。




