53 喫茶くるみ
海岸沿いを散策しながらバスセンターに戻って来ると、時刻は午後一時十五分を過ぎていた。
「結構歩いたけど、瞳は疲れてないか?」
「大丈夫。体力には自信があるの」
白川は被っていたバケットハットを折り畳んでショルダーバッグに入れた。
「途中まで私が先に行く。目的の喫茶店が見えたら一は先にお店に入って。その後で私も出来るだけ近くの席に座って、安藤芹を待つ事にするわ」
「わかった」
白川はバスセンターのロータリーを西に進み、赤レンガの建物に挟まれた静かな通りを歩いて行く。観光客はそれぞれ目的の場所へ移動したのか、周囲は人通りも無く閑散としていた。
俺はスマホの画面を確認する振りをしながら白川の後ろ姿を目で追い、少し距離を空けてついて行った。
市営の福祉会館を左に折れしばらく歩くと、広い通りに出た。右手には大手家電量販店と大型商業施設が建ち並ぶ。左手にはお洒落なカフェやレストランがちらほらと並んでいた。
大型商業施設を背にして交差点を左に曲がると、道幅が狭い住宅街に入る。白川は歩く速度を少し速めた。この先を一直線にしばらく歩くと、左に目的の喫茶店が見えるはずだ。
安藤芹が待ち合わせ時刻より早めに姿を現す可能性もある。俺は無関係を装いつつ、周囲に目を配りながら白川の後を追った。
左に古ぼけた【喫茶くるみ】の看板が見えた。白川がスマホを確認する振りをして立ち止まる。俺は横を通り過ぎて喫茶店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
店の中は意外と広く、焦げ茶色を基調としたノスタルジックな内装をしていた。暖色系の落ち着いた照明と小豆色のモケット生地の椅子が、昭和レトロを感じさせる。
なかなかの人気店らしく、空席は数えるほどだった。俺は入口近くの、四人掛けのテーブルが二つ並んだスペースに座った。新聞を手に取り、後から入店した白川と目を合わせる。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
白川は俺の隣りのテーブルに座ってスマートフォンを取り出した。
「安藤さん? 白川よ。先に喫茶店に着いたわ。時間を潰しておくから慌てないで来て」
店内の喧騒は多少あるが、声の通りは上々だ。俺は新聞のページを捲りながら、白川をチラリと見て頷いた。
時計の針が午後二時を指す少し前に店のドアが開き、安藤芹らしき女子が入って来た。少し周囲を見渡す素振りを見せたが、白川が腰を上げて軽く手を振ると、すぐに気づいて向かいの席に座った。
店員がテーブルに水とおしぼりを置いて去った後、俺は新聞で顔を隠しながら、ページを捲る合い間に安藤芹の様子を窺った。
黒髪のボブカット。クールな白川とはまた違った、純朴で愛らしい印象を受けた。
「白川さん。わざわさ遠くまで来てくれてありがとう。本当はわたしの方から謝りに行かなきゃいけないのに」
「私は全てを水に流すと約束したわ。でも、今日はあなたに、どうしても小学校六年生の頃の事を思い出してほしいの。私の知らなかった木田さんのグループ内の人間関係、そして当時のクラスメイトたちの印象を出来るだけ詳しく教えてほしい。あなたの心の棘を抜くためにも、あの頃の総括が必要だと思う」
白川は心理カウンセラーように、落ち着いた口調で安藤芹に語った。
安藤芹はふうっと息を吐いて、コップの水をゴクリと飲んだ。
「凛からタイムカプセルの茶封筒の事と、一連のクラスメイトの事故死の事は聞いてる。この間、白川さんから凛の家が火事に遭った事を聞かされた時は、タイミングがタイミングだったから怖くて外に出られなかった。あれから凛の電話は繋がらないし、掛かっても来ない。
いじめの報復を目論む茶封筒の差出人を突き止めるために白川さんは動いているのよね? 場所が離れているとは言え、わたしも標的の一人かも知れない。だから、わたしに出来る事は何でもするつもりよ」




