52 道すがら
バスは片側六車線の大通りを右折し、高速道路に入った。出発してから二十分弱で、高層ビルの隙間に山が見え始めた。トンネルを抜けると場面が暗転したかのように、景色はビル街から人気の無い山林に変わる。
再び長いトンネルを抜けると、またもや景色が激変した。広大な海に浮遊するように、広い道路が一直線に続く。正面に高さ三百メートルの巨大な主塔が迫り、連結したメインケーブルとハンガーロープの白い直線が、青空の風景と美しく調和していた。
明石海峡大橋を渡り切ると、右手に山、左手に穏やかな海の美しい景色が同時に楽しめた。白川を見ると、いつもの冷めた表情はどこかへ行って、目を輝かせながら写真を撮っていた。
バスは何度かバス停を経由して、一時間半ほどで洲本バスセンターに到着した。白川によると、ここは淡路島の各地へアクセスする路線バスの拠点となっていて、建物の中には観光案内所もあるとの事。時計を見ると、時刻は午前十時半を過ぎたところだった。
俺と白川はトイレを済ませた後、待合所の中央に並んだ青いベンチに座った。
「安藤芹に指定された喫茶店はここから歩いて十分ほどよ。午後一時半頃までにここへ戻って来れば、待ち合わせの時刻に十分間に合うわ」
白川は飲み終えた緑茶のペットボトルを空き缶入れに捨てた。
「だいたい二時間半は余裕があるな。まずは昼食だけど、予算は千五百円まででどうだろう? お土産代を考えると、それ以上の出費はきついかも」
「ここからバスで十五分の所に、千円で淡路島産の牛肉、玉葱、米を使った牛丼を食べられる店があるわ。一は海鮮の方がいい?」
「いや、ぜひとも肉と玉葱が食べたい。そこにしよう」
「OK。そこで早めの昼食を食べた後、時間を計算して疲れない程度に観光しましょう。私はぶらぶら散策するだけでも満足だから、一の行きたい所を言ってね」
白川は地図アプリで、ここから目的の店までの道順と所要時間を表示して俺に見せた。
「ここから海岸沿いに一本道を北上するだけか。距離は約四キロ、徒歩での所要時間は五十分。……瞳がよければ、帰りはここまで海岸沿いを歩いて戻って来ないか?」
俺が提案すると、白川はショルダーバッグから畳んでいたバケットハットを取り出し、顔を隠すように目深に被って後ろを向いた。
「せっかくの【乗り放題きっぷ】なのに、一はそれでいいの?」
「海をゆっくり見るのは久しぶりだし、人が多いのはあまり好きじゃないから」
俺が思いついた理由を話すと、白川は帽子の鍔を上げて、溜め息交じりに言った。
「一らしい理由ね。私も同じ気持ちよ」
バスを降りて少し歩くと、すぐに落ち着いたログハウス風のカフェレストランが見つかった。ガラス屋根のテラス席に移動し、白川と一緒に牛丼を注文すると、大きめの丼の上に山盛りの牛肉と玉葱、真ん中に破ると蕩けそうな温泉卵が載っていた。更に味噌汁と山芋、御新香とデザートのわらび餅まで付いていた。
味、量ともに満足し、俺と白川は上機嫌で店を後にした。
「良い店を探してくれてありがとう。また二人でどこかに出掛けないか? 出来れば今度は落ち着いてゆっくりと。もちろん、茶封筒の件が解決したらだけど……」
俺は前を歩く白川の背中を目で追いながら、恐る恐る尋ねた。
白川は立ち止まって前を向いたまま、飛ばされそうになった帽子を押さえて答えた。
「デートにはお金が必要よ。しっかり貯めておいてね」




