51 小旅行
土曜日の朝。午前八時に白川の家に到着すると、二階の窓から確認した白川が玄関の鍵を閉めて姿を現した。
「おはよう。今日も迎えに来てくれてありがとう」
白川はぴったりとしたタートルネックのセーターに、シックな濃紺のキャミワンピースを重ね着していた。軽装のショルダーバッグを肩から下げているので、荷物を必要最小限に抑えているのだろう。
「今日の服もシュッとしていて瞳に似合ってる。一応言葉にして伝えておいた方がいいよな?」
俺は時計を確認する振りをしながら言った。
「ふふっ。褒めてくれてありがとう。一は目立たないように、あえて地味な服装で来たみたいね」
チラリと見ると、白川は少し頬を緩めて言った。
電車を乗り継ぎ三ノ宮駅の改札を抜け、高架下をしばらく歩くとバスターミナルが見えてきた。くすんだタイル張りの外壁で、ところどころタイルが剥がれ落ちている。出来たのがいつ頃か分からないが、何となく昭和に建てられたものだと思った。
窓口で【乗り放題きっぷ】を購入し、出発時刻まで待合所で時間を潰す事にした。高架下という事もあり、天井が低くやや圧迫感を感じる室内だった。
「瞳は何か飲む?」
俺は自動販売機に硬貨を入れて白川に尋ねた。
「そうね。バスの中で喉が渇くかも知れないから、ペットボトルの緑茶にしようかな」
「わかった」
白川に緑茶を渡し、続いてお決まりのミルクコーヒーを買った。俺は水筒に麦茶を入れてきたので、バスの中で喉が渇いても問題は無い。
バスの出発時刻が近づいて来たので、白川と俺は乗り場へ向かい、運転手に往路切符を渡して洲本経由の高速バスに乗り込んだ。座席には既に数組の乗客が座って世間話をしていたが、予想より空席が目立っていた。
「一番奥の右側に座りましょう」
白川は足取り軽く早足で座席に向かった。
「いつも旅は一人だったから今日は少し落ち着かない」
隣りに座った俺に、白川は改まった表情で言った。
「俺は邪魔だったかな?」
「上手く言えないけど……嬉しさと不安が入り乱れてる感じなの」
白川は珍しく顔を赤らめて、窓の外に目を向けた。ちょうど前の扉が閉まり、低いエンジン音を響かせてバスが出発した。
「気分が落ち着かない時、俺は寝るか何か別の事を考えるようにしているけど」
俺が呟くように言うと、白川はペットボトルの緑茶をゴクリと飲んで息を整えた。
「そうね。お茶を喉に直接流し込んだら少し落ち着いた。早速だけど、今日までに私なりに調べて分かった事があるから報告しておくわ。OK?」
俺は周囲の座席を見渡し、声のボリュームを下げる手振りを加えて頷いた。
「根本遥に電話して、彼女がホームから突き落とされた日にちと時間帯、駅名を問い質したの。ネットで【鉄道人身事故データベース】というサイトがあって、そこで日時を追って調べていくと、駅名、被害者の年齢、被害内容が根本遥と一致する事故が確認出来た。彼女が言った事は本当だったみたい」
白川は話し終えると再びゴクリと緑茶を飲んだ。いつものクールな表情が戻っていた。
「……だとすると、茶封筒は自転車事故を含めて二度、根本遥の命を狙って失敗した。彼女は茶封筒のターゲットの中の一人だという事かな?」
「彼女は茶封筒に殺意を持たれてる。根本遥の過去を掘り起こせば、茶封筒に繋がる糸口が見つかるかも知れないわ」