50 布石
翌日、水曜日の放課後。自習同好会で軽く授業の復習をした後、俺はインスタントコーヒー、白川はミルクティーを紙コップに淹れた。
「週末の土曜日まで今日を合わせて三日ある。何か話し合っておく事はないかしら?」
白川はテーブルに生協の一口チョコを広げて言った。
「俺の意見を言ってもいいかな?」
「どうぞ」
「これまで、瞳が小学校六年生だった頃のクラスメイトと担任の先生が、連鎖的に被害に遭っている。間接的にしろ、全てが茶封筒の仕業だったとする。
俺たちはタイムカプセルの中に入っていた茶封筒の手紙の内容をもとに調査を始めた。だけど、正直言ってずっと違和感があった」
「どういう事?」
白川はチョコで両頬を膨らませてミルクティーを口に含んだ。
「茶封筒がいじめの報復を仄めかす声明文をわざわざタイムカプセルに入れた理由。事故に見せかけて命を奪うなら、人知れず静かにやった方がいい。偽装しているとはいえ、足が付くような手紙を残す意味が分からない」
「茶封筒の自己顕示欲じゃない? バレない自信があるとか」
「他人がいじめられた復讐のために、リスクを冒してまで人殺しを計画するかな?
手紙は茶封筒が本当の殺意を隠すために打っていた布石だと、俺は考え直した。手紙を読んだ人たちの意識をいじめの報復へ仕向けるための」
「それが本当なら……私は茶封筒の掌の上で踊らされてたって事?」
白川は紙コップから上がる湯気を見つめたまま茫然としていた。
「木田恵と海野洋は使い捨ての駒に使われたんじゃないかと思う。確実に殺したかったのは、命を落としている担任の吉田先生と桐島努。根本遥は事故の信憑性が定かじゃないし、渡辺凛の家の放火は確実な殺害方法とは言えない。今のところ保留かな」
「確かに一の考えに納得出来る部分はある。でも、吉田先生と桐島努を調べるには、二人とも故人だしハードルが高い。遺族は不幸な死を思い出したくないだろうし。やるなら遠巻きに周りの人から攻めていくしかなさそうね」
白川はミルクティーに息を吹きかけ、ゆっくりと口に含んだ。
「犠牲になった先生や桐島努と茶封筒との間に、殺意を抱くような出来事があった。そして木田恵と海野洋も茶封筒との間に、命令を断れないような何かがあった。
俺は命を落とした四人それぞれに、茶封筒と何かしら歪な繋がりがあったんじゃないかと思う」
「やっぱり私はカモフラージュのために利用されたって事? 一の推理を採用すると、茶封筒は手紙の異常な印象とは違って、ずっと冷静で抜け目の無い人物に思えてきた」
白川は頬杖をついて白い息を吐いた。
「亡くなった四人の周辺を地道に探っていけば、茶封筒に繋がる糸口が見つかるかも知れない。その事を頭に入れた上で、安藤芹に会ってみてはどうだろう?」
塞ぎ込んでいた白川の瞳に、少し輝きが戻った感じがした。
「土曜日は晴れるといいわね。予算に余裕はありそう?」
「まぁ、多めに融通してもらったけど」
「もし足りなかったら私が足してあげる。一が貰ったお金は、出来るだけ家族へのお土産に使ってね」
白川は優しい笑顔を浮かべて言った。
「わかった。さっさと茶封筒の正体を暴いて、溜まっていくレシートを出来るだけ早く清算したいな」




