5 声明文
俺は白川が差し出した手紙を受け取り、読む前にもう一度確認した。目を合わせると、真剣な眼差しでゆっくりと頷いた。
手紙を開くと、文面は手書きと思いきや、ありふれたコピー用紙にワープロで印刷された明朝体の活字で綴られていた。筆跡が分からないので、差出人の年齢や人物像は特定出来ない。俺は他人の手紙を盗み見るという一抹の罪悪感を抱きながら、読み誤らないように慎重に文字を追った。
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わたしは、あなたがずっと嫌がらせを受けているのを知っていました。命令しているリーダーも、したがっている仲間も、見て見ぬふりをする周りの人たちも、みんな、どうしようもなくひどいやつらです。
わたしはあなたに代わって、一人ずつ、いろいろなやり方でふくしゅうしていきたいと思います。
なぜかって?
わたしはわるいやつを許せないからです。いじめは決して許してはいけないことですから。
あなたが八年後にこのメッセージを読んだ時、このクラスの何人のふくしゅうが片づいているでしょうか。
あなたがよろこぶ姿を想像すると、わたしの心がはずみます。ふくしゅうのアイデアをいろいろと考えることが、わたしの生きがいなのです。
それではこの辺で。八年後を楽しみにしています。
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俺は手紙を読み終えると同時に白川の表情を確かめた。怯えている様子は無く、逆に俺の表情を窺っているようだった。
「どう? その手紙、誰が書いたと思う?」
俺は手紙を折り畳んで、白川に返した。渇いた喉を温くなった缶コーヒーで潤した後、思いつく考えを語った。
「差出人は白川が小学校六年生の時、身近にいた人物だと思う。木田恵のグループは標的だから、ひねくれた見方をしなければ消去法で対象から外すべきかな。
当時、白川の状況を知る事が出来たのは、クラスメイトかその知り合い。担任の先生が白川の状況を知っていて、他の先生と白川の情報を共有していたとすれば、学校関係者の中にいるかも知れない。当時の状況に白川の両親が気づいていたとしたら、両親の可能性も拭い去れない……」
白川は微笑して、空になった缶をお盆に戻した。手に取った二本目の缶コーヒーのプルトップを開け、俺に手渡すと思いきや、グビリと音を鳴らして口に含んだ。
「名探偵のように情報を整理してくれてありがとう。とりあえず私の両親は対象から外して先へ進みましょうか」
俺の表情を読み取った白川は、コップに麦茶を注いで俺の前に差し出した。
「あなたも感じているとは思うけど、この茶封筒の差出人は相当行き過ぎた感情の持ち主よ。この手紙を発見した後、私は身近にいた人の代表として、試しにネットで当時の担任の先生の名前を検索してみたの。何か事件や事故に巻き込まれてないかとね。
不安は的中して、先生は既に亡くなっていた。卒業式から数か月後、駅のホームから転落して轢死していたの。防犯カメラの記録は残っていたけど、結局事故として処理されていた。
この声明文が単なる悪戯であれば問題無いけど、もし他のクラスメイトたちに何かあったとしたら、放っておけないと思わない?」
「つまり?」
「やる事は沢山ある。一つ目、出来るだけ当時のクラスメイトたちの居場所を突き止めて、無事かどうかを確かめていく事。
二つ目、情報や記録を分析して、怪しい人物をあぶり出す事。当時の文集や写真を纏めて集めておくから私と一緒に調べてほしい。あなたのように当事者じゃないほうが怪しい人物の見極めが出来るかも知れない。
三つ目、茶封筒の差出人の目星をつける事。この手紙は恐らく本人が入力・印刷して、タイムカプセルに入れたと思う。手紙の文面からクセや何かのヒントが見つかるかも知れないわ」
白川は言い終わると、缶コーヒーを一気に呷った。