49 井戸の中
「ただいま」
玄関のドアを開けて中に入ると、慌てて母親が出て来た。少し後ろで頭を下げる白川を見て、母親は口を両手で隠して呆気に取られていた。まぁその気持ちはよく分かる。
「白川瞳さんね。今日はわざわざ来てくれてありがとう。一の母の紹子です。お土産のクッキー、とても美味しかったわ。帰りは一に家まで送らせるから、遅くならない程度にゆっくりしていってね」
「ありがとうございます。それでは少しお邪魔させて頂きます」
白川は美しい所作で靴を揃え、俺に続いた。
「早めに帰った方がいいから、部屋で少し話をしてから、家に送って行くよ」
「はいはい。帰る時は一声掛けてね」
母親は柔らかい笑みを浮かべて居間に戻って行った。
階段を上り、昨日急遽片付けた俺の部屋に白川を案内した。
「根本遥の部屋と違って面白味も無い部屋だけど、まぁ座ってくれ」
掛け布団無しのこたつ机に、前もって座布団を二つ敷いておいた。白川は足を崩して座り、側に学生鞄を置いた。
「陸上部の妹が部活から帰って来ると面倒な事になるかも知れない。少し寛いだら、さっさと家を出よう」
「残念だけど仕方が無いわね。昨日電話で安藤さんと話し合って、週末の土曜日午後二時に、彼女の自宅近くの喫茶店で落ち合う事になったわ。せっかく淡路島に行くんだから、現地で昼食を食べて少し観光をしてから行かない? 私の家に午前八時に集合、三ノ宮駅から南あわじ行きの高速バスに乗れば、お昼前には洲本に着くわ」
俺は根本遥の部屋から持ち帰ってきた果汁100%のジュースを机に並べた。
「常温だけど、どれか飲む? バスは【乗り放題きっぷ】の方が、翌日まで往復四千四百円でお得かもな」
白川は頷いて、パインの缶を開けた。俺はオレンジの缶を手に取った。ジュースを口に含んだ途端、鞄の中のスマートフォンが鳴った。白川は飲みかけたジュースを机に置き、鞄を開けてスマホを手に取った。
「根本遥からよ」
白川は音声をスピーカーに切り替え、机の上に置いた。
「白川よ。どうしたの?」
『悪い知らせよ。あんたの予想が当たったわ』
根本遥は囁くような声で言った。背もたれの軋む音が聞こえた。ゲーミングチェアに座って電話を掛けているのだろう。
「具体的に教えて」
『農家の古井戸の底から海野洋の死体が発見されたわ。井戸の中は深くて水はほとんど無かったみたい。警察は事故と事件の両面で捜査してる。詳しくは西河市のローカルニュースで確認して』
「OK。連絡ありがとう。送ったタイムカプセルと資料はちゃんと届いた? 何か気づいた事があったら些細な事でもいいから知らせて。お礼にまたクッキーやお弁当を振舞うわ」
『フフフ。それは楽しみね。あんたたちのつかんだ情報もあたしに教えてよ。ギブアンドテイクなんだから。茶封筒の正体が分かったら、あたしはラノベにするつもり。タイトルは【埋もれた声明文】サブタイトルは【~陰キャでぼっちな俺が、なぜか学校一の美少女に呼び出された~】っていうのはどう?』
俺と白川は目を合わせて溜め息をついた。
「また何かあったら連絡して。近いうちに改めて情報交換をしましょう。OK?」
『了解』
白川は無言でスマホを鞄に仕舞った。
茶封筒の報復に、また新たな被害者が加わった。




