48 相棒
月曜日の放課後、俺と白川は自習同好会の教室で掃除をした後、紙コップにティーバッグを入れ、お湯が沸くのを待っていた。
「瞳は前に『言葉にして伝えられないと、他人の心の中なんて分からない』と言っていたけど、根本遥はどんな印象だった?」
俺が問うと、白川は持って来たクッキーをテーブルに広げ、頬杖をついて答えた。
「私の印象はシロに近いグレー。私たちの意思は明確に伝えたつもりよ。彼女がもし茶封筒なら、これからの行動に少し慎重になるかも知れない。茶封筒でなければ、一とはまた違った思考を持つ人物。味方につければ役に立つかも」
俺は紙コップに熱湯を注いで白川に差し出した。自分の紅茶の色を確認して砂糖を入れ、百円ショップで買った使い捨てのマドラーを回した。
「……淡路島。安藤芹に会いに行く件だけど、親に資金の融通を取り付けた。ただし条件がある」
「条件?」
「母親が一度瞳に会いたいらしい。弁当のお礼も言いたいって。それが条件」
「OK。一の部屋も一度見ておきたいわ」
白川は微笑を浮かべ、紅茶を口に含んだ。
「瞳の都合のいい日でよろしく頼む。あとは淡路島へ行く日程だな?」
「週末の土曜日でどう? 渡辺凛や海野洋の様子も気に掛かるし、あまり先延ばしにしたくないの」
「わかった。当日のスケジュールは瞳に任せていいかな? 暗くなると物騒だから、夕方には戻れるようにした方がいいと思う」
「OK。安藤さんとは手頃な喫茶店で落ち合うつもり。警戒されると面倒だから、渡辺さんの時と同じように一は側で観察してて」
「わかった」
「それじゃあ早速明日の放課後、一の家にお邪魔するわ。OK?」
「えっ明日? ……わかった。母親に伝えておくからよろしく」
俺は白川の部屋と自分の部屋を思い浮かべ、一刻も早く掃除をしておかねばと思った。
翌日。終礼が終わり、白川の後を追うように教室を出た。クラスの面々や廊下で立ち話をしている生徒はチラリとは見るが、すぐに興味を無くして自分たちの行動に戻る。
凛とした白川の忠実な下僕。俺のポジションはそこに落ち着いたようだ。強ち間違ってはいないのだが。
いつもなら電車を伊波駅で降りて白川を家まで送って行くところ、今日は久々に途中下車をせず、一旦白川を連れて自宅へ帰る。
「瞳の切符は俺が支払う。こっちの都合だから」
「それじゃあ経費で纏めておくわ。元はと言えば私の依頼だから」
新伊波の駅から三つ先の駅で乗り換え、更に三つ先の芝村駅で降りる。駅から自宅までは歩いて十分ほどだ。
「前もって言っておくけど、母親が瞳の事を少し誤解している節がある。出来れば瞳の方から、ちゃんと説明してもらえると有難いんだけど」
「毎日弁当を作ってあげて、手作りクッキーをお土産にあげたりしているから、一のお母さんは私の事を彼女じゃないかと思っているのね?」
白川は俺の少し後ろを歩きながら言葉を返した。
「たぶん。そんな感じ」
「一は根本遥の問い掛けに、小さな声で答えていたわね。私に『少し好意はある』って」
白川は立ち止まった俺の背中を押して、先へ促した。
「私も同じ――。でも今は茶封筒が最優先よ。人の生死が関わっているかも知れないから。だから今は、信頼出来る相棒っていう事でOK?」
「わかった。よろしく頼む」
俺は赤面し、恥ずかしくて振り返る事が出来なかった。




