42 睨み合い
白川は振り返り俺と目を合わせた後、ドアノブを回し手前に引いた。
狭い三和土の左右には、空の傘立てと扉付きの下駄箱があった。すぐ正面には磨りガラスの扉があって、中の様子は分からない。
「指示通り、施錠して中に入りましょう」
三和土には履物が一つも出されていない。根本遥は普段から滅多に外出しないのだろう。
「わかった」
俺は念のため共用廊下の左右を確認した後、玄関ドアを閉め、サムターン錠を回した。
白川は靴を脱いで扉の前で立ち止まり、壁に背中を当てて言った。
「根本さん。扉を開けていい?」
「どうぞ。入ってすぐにダイニングだから、早くあんたの弁当を食べさせて」
白川は腹のリュックサックを右手で支えながら、磨りガラスの扉を手前に引いた。俺は心を落ち着かせて白川の後ろに控えた。
根本遥は四人掛けのダイニングテーブルに、ちょこんと座っていた。同い年のはずだが、小学生と言われれば誰もが認めるような風貌。髪はやや茶色みがかっていて、肩のあたりで綺麗に切り揃えている。早熟の子役女優のような、知的で愛嬌のある顔をしていた。
「今日は家に上がらせてくれてありがとう。あなたも、部屋の中も、随分と小奇麗にしているわね」
白川はリュックサックから弁当箱を取り出して言った。
「親の教育の賜物ね。一人暮らしをさせてもらえる条件の一つよ」
根本遥は白川の顔をまじまじと見つめて言った。
「大きいのが一の弁当箱よ。わっぱと使い捨ての折箱、どっちがいい?」
「もちろん一のやつよ。あんたたちは小さいわっぱか使い捨てを食べてね」
根本遥はフフフと笑って、大きめの曲げわっぱを隠すように奪い取った。白川は一瞬ムッとした顔をして、大きく息を吐いた。
「仕方が無いわ。私は折箱の方を食べるから、一はわっぱの方を食べて」
「わかった。ありがとう」
俺と白川は根本遥の向かいの席に並んで座った。
「食べていい?」
「どうぞ」
根本遥は弁当箱の蓋を開けた。ぱあっと小躍りするような表情を浮かべて、白川から割り箸を受け取った。俺と白川も蓋を開ける。唐揚げに赤ウインナー、目玉焼きにきんぴらゴボウ、そしてプチトマトにポテトサラダ。今日のおかずはいつもより盛り沢山だった。
根本遥は飛びつくように次々とおかずを口に入れ、白米を掻き込んだ。
「よく噛んで食べるのよ」
白川はまるで世話を焼く姉のように、水筒の蓋に入れたお茶を差し出した。根本遥は口を激しく動かしながら頷いて、お茶を喉に流し込んだ。
「想像以上に美味しい。長身黒髪美少女な上に、料理の腕は職人並。あんたは反則級のキャラね」
「褒めてくれてありがとう。根本さんも昔と変わらず無邪気で可愛いわ」
白川は余裕の微笑を浮かべて言った。
「フフフ。気になる話や積もる話もあるだろうけど、食事が終わってからあたしの部屋に案内するわ。そこで腰を据えて話をしない? 質問のルールはギブアンドテイクでどう?」
根本遥はニヤリと笑って言った。
「望むところよ」
白川はウインナーを齧った後、澄ました顔で答えた。
火花が散るような二人の睨み合いを眺めながら、俺は温い缶コーヒーを開け、静かに喉に流し込んだ。




