40 失踪
放課後、自習同好会に宛がわれた教室で、俺と白川は熱い紅茶を嗜みながら向かい合っていた。窓の外は土砂降りが続き、しばらく止みそうになかった。
「海野洋が今日も休まず学校に通っていたら、まだ帰宅はしていないだろうな」
俺は紅茶の熱気を息で冷ませながら、テーブルにスマートフォンを置いた。
「あえて家にいる人に出てもらって、軽く様子を探ってみるのはどう?」
白川はテーブルの上でスマホを操作して、通話履歴から海野洋の電話番号を表示させた。
「その方が無難かも知れないな。相手が出てくれればの話だけど。留守電ならすぐに切ろう。何度かチャレンジしてずっと留守電だったら、怪しい電話に出る気は無いんだろう」
「OK。それじゃあ、早速掛けてみましょう」
白川は息を吐き出した後、発信アイコンを押した。
『洋か?!』
呼び出し音が鳴ると同時に、スピーカーから父親と思しき声が聞こえた。
「いえ。山本と申します。小学校の同窓会の件でお伺いしたい事があり、お電話をさせて頂きました。どうかされましたか?」
白川は俺と目を合わせながら、机上のスマホに向け、落ち着いた口調で話した。
『え? いや、失礼。息子の洋が昨日の晩に出掛けたまま、連絡もせず帰宅していないんですよ。きっちりした性格で、今まで夜通し帰って来ないなんて事は一度も無かったから、さすがに心配になってね。思わず息子からの電話だと思っちゃった。申し訳ない』
「同窓会名簿のお電話番号とご住所の変更が無いか確認させて頂くために、お電話させて頂きました。よろしければ口頭でお伝え頂けると助かります。西河市の後からお願い出来ますでしょうか?」
白川は相手の逼迫した状況を利用して、住所を聞き出す事に成功した。
「ありがとうございました。それでは失礼致します」
白川は通話を切って、自分のスマートフォンを取り出した。地図アプリを起動して、メモした住所の位置を確認しているようだ。
「昨晩に起こった渡辺凛の火災と海野洋の失踪。ちょっとタイミングが良すぎないか?」
「まだ、何一つ裏は取れていないわ。でも、この数か月で水の事故、火災、失踪。立て続けに事件が起こっているのは確か。茶封筒が動き出した可能性は高い。遠回りでも、私たちに出来る事からやっていくべきじゃない?」
「まぁ、何もしないでビクビクしているよりはよっぽどマシだと思う。火災も失踪も、近いうちに結果は出るだろうし。週末、根本遥に会うまでに何か動きがあったら、また二人で話し合おう」
俺と白川は活動を早めに切り上げ、下校する事にした。
週末の土曜日の朝。昨夜まで降り続いていた雨がからりと上がり、涼しい風が心地よかった。渡辺凛と海野洋の状況は未だ不明のままだ。白川は安藤芹に連絡を取ったが、彼女にも渡辺凛からの連絡は入っていなかった。
海野洋に関しては、今の時点で深入りする事にメリットが無いと判断し、追究を保留にしていた。
俺は集合時間の午前九時ちょうどに白川家に到着した。二階の窓を見ると、白川が俺を確認し、軽く手を振った。玄関のドアを開けた白川は、ストレッチ生地の黒いジャージにナイロン製のリュックサックを背負っていた。
「遠足に行くみたいだな」
俺は素直に感想を述べた。スレンダーな白川の肢体がより強調されていて、目の遣りばに困った。
「何かあった時に動きやすいし、お弁当も三人分用意したから服は軽い方がいいの。一も以前ジャージの上下で来た事があったわね。今日に限っては、着て来れば良かったのに」
白川は俺の面白みの無い服装を眺めながら言った。
「ペアルックじゃなくて良かった。引き立て役を通り越して、とんだ晒し者になるところだった」
俺と白川は世間話をしながら、並んで伊波駅へ向かった。




