38 残りの案件
白川はテーブルに置いたスマートフォンの通話を切った。飲みかけの缶コーヒーを一気に呷り、ゆっくりと息を吐いた。
「何とか根本遥の懐に入る事が出来たわ。彼女は木田さんが誰かに殺されたと考えているようだった。その辺りの事情を知るためにも、土曜日の訪問はキーポイントになりそうね」
俺は仕舞い込んでいたクラスメイトの一覧表を広げた。横線を引いて一度消した根本遥の欄を改めて確認する。
●根本遥……【知性?】【意欲×】【性格:不真面目で反抗的?】【備考:真面目に取り組んでいない。作文が苦手?】
「根本遥はいずれの文集も真面に取り組んでいなかった。俺は彼女が不真面目過ぎて茶封筒の候補から外したけど、電話の応答ではサバサバした性格で、頭の回転が速い印象を受けた。それに学校や仕事に行ってる様子は無い。世間の柵が無く、日中自由に動ける。油断しない方がいいと思う」
「彼女が茶封筒の可能性もあるという事ね」
白川はクッキーを二つ同時に口に入れた。噛み砕きながら折り畳んでいた自分の一覧表を取り出して、考察した根本遥の欄を確認した。
「●根本遥……【知性×】【意欲×】【性格:やる気なし】【備考:興味の無い事に真面に取り組まない。分かりやすい性格】。一の言う通り、話していて受動的な弱々しい印象は受けなかった。だけど、思っている事を上手く隠し通せるような器用な人じゃないと、私は感じたわ」
「俺も瞳の付き添いで行ったら、根本遥は部屋に入れてくれるかな?」
「一は、私一人に行かせるのは心配? それなら彼女の家まで一緒に来て。ダメ元で許可してくれるか聞いてみる。ダメなら家の外で待ってもらうしかないけど。それでもOK?」
「わかった。たとえ外にいても抑止力にはなるだろう。瞳も最悪の事態に備えて、適度に距離を空けて迎撃出来るようにしておいてほしい。何かあれば、すぐに警察に通報するつもりだ」
「OK。根本遥についての打ち合わせは一先ず完了ね。あとは海野洋と安藤芹。安藤芹は、根本遥の情報を引き出した後に計画を立てましょう。二人から得た情報を照らし合わせれば、当時の木田さんのグループの内情が見えてくるかも知れないわ」
白川は座椅子の背にもたれて首を回した。
「あとは海野洋か。当時、学級委員長をしていたという事だけど、瞳から見て茶封筒のイメージはありそうかな?」
俺が問うと、白川は目を瞑って腕を組んだ。当時の記憶の断片を纏めているようだ。
「卒なく役割をこなしていた印象があるわ。でも率先して皆を引っ張っていくような覇気は感じられなかった。茶封筒のイメージに近いと言えば近いかも知れない」
「その……瞳に恋愛感情を抱くような様子は無かったのかな? 告白されたとかじゃなくても、じっと見つめられたり、視線を感じたとか」
「言葉にして伝えられないと、他人の心の中なんて分からない。私は女性にしては背が高い方だから、男女に拘わらずよくジロジロと眺められるの。正直言って分からない」
白川は腕を組んだまま、俺に視線を合わせじっと見つめた。むず痒くなってすぐに視線を逸らせ、クッキーをつまんだ。
「一は同じクラスになってから、ずっと意識的に私を見ないようにしていたわね。一度も話した事が無いのに、嫌われているのかと思った」
「……ジロジロ見ていないアピールだ。気持ちの悪い男だと思われたくなくて」
「ふふっ。挙動不審な一に興味を引かれて、気づかれないようにずっと観察していたのよ。いい暇つぶしになったわ」
「話が逸れた。海野洋の件に戻るけど、優等生で、クラスメイトの大部分が入学している高校とは別の高校に入学している。つまり行動をクラスメイトたちに把握されにくい。その上、クラスメイトの名簿を握っている強みもある。茶封筒の要件を十分に満たしているんじゃないかな?」
「名簿を握っている海野洋が茶封筒だとしたら、担任の先生を先に葬った動機はどうなるの? 大人を手に掛けるとしたら、子どもよりもハードルが高くならない?」
白川は残ったクッキーを俺の分と合わせて、クッキングシートに包んだ。
「残りは帰りに食べて。昼食もちゃんと食べてほしいから」
俺は頷いて時計を見た。時刻は午前十一時半を少し回ったところだった。
「死亡した順番に意味があるとしたら、木田恵は口封じ。担任の先生は住所録の入手以外に何があるんだろう?」
俺は昼食の準備をすると言う白川を見送って、独り言を呟いた。




