36 バタークッキー
翌日の日曜日。このところ毎日のように白川と会っている。弁当を作ってくれている事もあり、母親は彼女でも出来たのかと勘違いして、一度家に連れて来いとまで言ってきた。
俺は、弁当は頼まれ事の報酬のようなものだからと早々に話を打ち切って、本日も午前十時に間に合うように、白川の自宅へ向かった。
家の近くまで来ると、毎度ながら二階の窓から白川が俺の到着を確認し、下へ降りて玄関のドアを開けた。
「おはよう。期末考査までまだ日にちがあるから、余裕があるうちに出来る限りの事をやっておきたいの。また私に協力してくれる?」
「乗り掛かった船だし、瞳の役に立ちたいと思うから。微力ながら出来るだけの事はするよ」
台所に目を遣ると、バターの甘い香りが漂ってきた。
「クッキーがもうすぐ焼き上がるから、二階の部屋で待ってて。焼きたてを一緒に食べながら打ち合わせをしましょう」
いつものように小さな円いテーブルに足を投げ出して座椅子にもたれていると、山盛りのクッキーを載せたお盆を右手に持ち、左腕に二本の缶コーヒーを抱いた白川が部屋に入って来た。
「言ってくれたら、運ぶのを手伝うのに」
「ぶちまけるかどうかの、ギリギリのスリルを味わいながら運ぶのが好きなの」
大きく息を吐きながら、白川はクッキーをテーブルの上に載せた。
「食べてみて」
俺は勧められた直径三センチほどの、シンプルな厚めのクッキーをつまんだ。まだほんのりと余熱が残っていて、優しいバターの香りが漂っている。俺は丸ごと口に入れ、奥歯でざっくりと噛み砕いた。クッキーは口の中でほろりと拡散し、ざらりとした食感の後、瞬時に舌の上で蕩け、クセになるような濃厚なバターの旨味と甘みが余韻を残しながら喉を通り抜けていった。
「前もって半分に分けておかないか? 瞳の分まで食べてしまうかも」
「ふふっ。結構砂糖を入れているから、食べ過ぎは毒よ。昼にまた焼いておくから、お土産に持って帰って。家族の皆さんにも食べてもらってね」
白川はクッキーの数を数えて半分に分けた。
「とりあえず、手つかずの案件を整理していきましょう」
「わかった」
俺はクッキーをつまんで半分齧り、じっくりと味わいながら白川の意見に耳を傾けた。
「一つ目。海野洋の安否確認。彼が茶封筒かも知れないけど、そうでなければ協力してもらう。クラスメイトの名簿が手に入る可能性もあるわ。
二つ目。根本遥の安否確認。電話に出た人は、彼女がカナダに留学していると言った。でも渡辺さんの話では、中学生の当初から不登校だと言っていた」
「本当は家に引き籠っているのに世間体を考えて、留学しているように装っていると?」
「この間電話に出た人の声は、かなり若かったの。渡辺さんは根本遥が一人っ子だと言っていた。ひょっとすると本人が直接電話に出て嘘を言った可能性もある。彼女が不登校になった原因も気になるし、もう一度連絡を取って確認してみたいの。
三つ目。安藤芹と会って話をする事。根本遥と同様に、当時の情報を出来るだけ引き出したい。住んでいるのは淡路島の洲本市。ここから電車とバスを乗り継いで、だいたい二時間半。片道二千八百円くらいよ」
白川は期待するような眼差しを俺に向けた。
「俺に……付いて来てほしいとか?」
「私の役に立ちたいのよね? 手作りのクッキーも食べたし。少し出費は掛るけど、学校一の美少女とデートが出来て嬉しくない? 洲本市は牛肉と玉ねぎが絶品らしいわ」
「……わかった。何とかする。親のご機嫌を取るために、お土産のクッキーを多めによろしくな」
「OK。あとは木田さんのお母さんから借りたアルバムの検証だけど、木田さんの死には少なからず茶封筒が関わっている気がするの。まずは海野洋、根本遥、安藤芹、この三人の情報を纏めてから手をつけた方がいいと思う」
「異論は無い。三人のうち誰から着手するかだな?」
俺は噛み砕いたクッキーを缶コーヒーで喉に流し込んだ。白川はペンと連絡網を取り出して、根本遥の名前を丸で囲んだ。
「根本遥はグループの中で、木田さんに一番近かった人物かも知れない。私は彼女が不登校になった原因が、そこにあると思うの」




